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雪のように



 彼女は岬の先端で待っていた。
 真っ白な大地よりも彼女はさらに白くそして光を受けて銀色にさえ見えるほど眩かった。
 ぎこちなく私が近づいて来るのに気づくと、彼女は振り返り、まるで宙に漂って消えてしまいそうな不安定な歩き方でふわふわ私に向かって来た。
 彼女の孤独を刻んだかのような冷たい瞳が私を見て僅かに安らいだ気がした。
 私は彼女を壊してしまわないように出来るだけ優しくか細い彼女の肩を抱いた。
「一緒に来てくれるかい?」
 私はゆっくりと言葉を吐き出した。聞こえただろうか。
 私は肌で感じることが出来ない分、彼女を注意深く見守った。
 彼女は私の腕の中でふわふわ揺れながら小さく頷いた。
 銀色の髪が私の腕を抜け出して風に流れるようになびいたが、その感触を知ることが出来ないことが残念でならなかった。

 私が彼女と初めて出会ったのは友人に誘われた合コンの席だった。
 私は動くのもしゃべるのも得意でないから躊躇った。
 彼に以前誘われて行った合コンでは、私はじっと座って退屈な時間をさも楽しんでいるかのように相槌を打ってしのいでいたのだ。
 だが私はやはり今回も行く約束をしてしまった。
 私の首を横に振る動作が遅すぎたので、彼が勝手に来ることに決めて去ってしまったのだ。
 私は当日、首に油を差して会場に向かった。

「ええと、俺はドラグーン族のエリートしてます」
「エリートだってっ。その響き結構好きかも」
「でもさ、自分で自分のことエリートって言っちゃうとことか超ウケル」
「俺様はジュカ族の王だーっ」
「えーっ王様なの?!」
「きゃぁすごいすごいっ!」
「ねぇ、王様って普段何してるのぉ?」
「お、俺様は……矢を削ったり、包帯作ったり・・」
「ぶっ。すごい地味くないー?」
「王様ってそんなことするのー? アハハウケルー」
「ワタシジェム作る。売る。ジェム人気」
「宝石商? なんかやばいことしてそー」
「うんうんやばいにおいするねー」
「彼女らはさぁ普段何してるのー?」
「うちらはねぇ〜」
「良い男漁ったり? 漁ったり?」
「げーっそれしかしてねぇみたいじゃんっ」
「俺らどう?」
「えーっきゃはは」
「私さ、あの金色ちょっと気になる」
「あ、あいつ無口でさ、でも堅いやつだぜ」
「あー堅そう。堅そうは堅そう。」
「確かにーっ。アハハ」
 急にみんなの視線が私に集まり、私はでかい体を出来るだけ縮めた。
 本当に堅いんだからどうやって返答したらいいか困る。
「ハイ堅いです」とか言えばいいんだろうか。
 やはりこういうにぎやかな席は苦手だ。
「私……堅い人好き……」
 不意に、私の腰ほどもないところからひっそりとした声がした。
 気づくと私の横に私より存在感の乏しそうな女性が座っていた。
 彼女の声だったのだろうか? 気のせいだったのかもしれないとさえ思った。
 しかし、彼女は私よりもゆっくりとした動作で首を上げ、私を見上げてもう一度言った。
「堅い人……好きです……」
 私はか細い声でしっかりと私に意思表示して見せた彼女を可愛いと思った。
「あ、ありがとう」
 私は素直に言葉が言えた。とても時間はかかったけれど。
 にぎやかな会話が弾む中、私達はふたりでゆっくりと静かな会話を楽しんだ。
 彼女が普段、故郷の岬で海を眺めて過ごしていることや、風のようにただ何も言わず漂っているのが好きだということや、
 雪の上に横になっていてうっかり埋もれてしまっていたりすることなど、彼女はゆっくりだけど丁寧に話してくれた。
 どの話も私にとってこの上もなく好ましく、可愛らしい印象を受けた。
 さらに彼女は私の話もよく聞いてくれた。
 一言一言に時間がかかる私の話を辛抱強くせかすことなく黙って聞き、やはりひっそりとした声で優しい相槌を打ってくれた。
 合コンが終わり、解散する頃には私は彼女と再び会う約束を交わしていた。

 その時の合コンで上手くいったのは私と彼女だけだった。
 他の連中はみんな凍傷にかかったり体力を奪われてそのまま死んでしまったりで長続きしなかった。
 私は彼女のもとへ通い続けていた。
 そしてある日、私は彼女にプレゼントをした。
 美しいメロディの詰まったギアだ。
「きれい……」
 不器用な私はそのギアを彼女の前で回してやり、言葉よりも滑らかにそのメロディを伝えた。
 彼女は小さな声でこう言ったのだ。
「一緒に居たい……」
 そして次に会いに来る時、彼女を連れて行くと私は誓ったのだ。

 彼女の愛したこの地から彼女を引き離してしまうことに私は少し胸が痛んだ。
 だが、彼女を手放したくなかった。

 私は彼女を自分の故郷のミスタスへ連れて帰った。
 美しい滝を眺め、たくさん並んだ家々を見て周り、過ごしやすい宿で夜を語らい、毎日が夢のように幸せだった。
 見慣れていたはずの全てが、彼女と一緒だとまるで違ったものに見え、喜びに満ちていた。
 しかし、彼女は徐々に淡く、儚くなっていった。

「私、あなたと居られて幸せだった」
 最後に彼女が残した言葉。
 ある日、目を覚ますと彼女は部屋に居らず、枕元に以前プレゼントしたギアが一つ落ちているだけだった。
 外へ飛び出すと街は一面雪化粧だった。
 彼女の最後の姿だと私は瞬時に悟った。
 私は大きな手で彼女の雪をかき集めた。
 溶けないうちに全部集めて寒い所に持って行けば彼女は再び蘇る気がしたのだ。
 だけど私の冷たい手で触れても淡雪のように消えていき、昼を待たずに全てなくなってしまった。
 ミスタスに初めて降り積もった雪に住人達は様々に噂し合ったが、彼女の目撃情報は得られなかった。

 私は再び一人になった。
 彼女の姿を思い出すと、記憶の中の彼女はいつもあの雪の岬に居た。
 孤独で冷たい瞳は海を見ている。
 どうして連れ出してしまったのか。
 後悔が心の中に雪のように降り積もった。
 私は彼女の残していったギアを彼女を偲ぶように奏でた。
 美しいメロディがミスタスの空を流れていく。
 そのうち、私は不思議なことに気がついた。
 私の体に水滴が溜まっている。
 奏でれば奏でるだけ、曲に誘われて集まるように水滴が増えていく。
 私はゆっくり曲を奏で続けながら旅に出た。
 長い長い旅。世界中を巡る旅。
 旅が終わるとき、その目的地はわかっていた。

 長い時が過ぎ、私は徳之島の北の端、雪女たちの故郷に辿り付いた。
 岬の先端に立ち私は待った。
 私の体が錆始めると、私の体から白い霧が立ち上った。
 体が完全に動かなくなるまでの長い時間をかけて、それは女性の形になった。
 長い長い時間がさらに経ってゆっくりと漂う彼女の姿になった。
 錆付いてしまって言葉も出なかったが、私は彼女と心を通わせた。
 最初からこうすればよかった。
 私たちはあまりしゃべるのが得意ではなかった。
 私は一緒に居られたら良かった。
 岬の先端に立つ彼女と彼女を見つめる石のように座り込んだ私。
 これが一番良い方法だったのだ。

 白く白く降り続ける雪のように。
 いつまでも白い大地のように。
 変わらぬ思いさえここにありさえすればそれでよかったんだ。

◇◇

 数年後……
 勇島北方の雪原の地に一人の探索者が踏み込んだ。
 この地は戦利品を目的とする冒険者達には人気が無い。
 おかげで人の気配はまるでなく、冷気を帯びたモンスターが横行していた。
 探索者は、気配を消しながら歩く術を知っていたので、慎重に探索を進め、土地の形や生息するモンスターなどを調査していった。
 ふと、彼は気づいた。
 絶え間なく吹きすさぶ雪の中に金色の粉のようなものが混じって飛んでいるのだ。
 風の吹いてくる方向へ彼は歩みを進めた。
 海に迫り出した岬の先に何かある。
 その時、雲の合間から一条の光が岬の先へ降り注いだ。
 その一瞬。彼はそこに黄金色のゴーレムの姿を見た気がした。
 空は再び一瞬のうちに翳り、彼はその姿を見失った。
「パラゴンゴーレム? こんなところに……?」
 彼は慎重に岬の先に近づいた。
 そこには錆付いてみえる黒い岩とその岩に抱かれるかのように置かれた箱があった。
「こんなものがあったとは……」
 彼は厚手の手袋を外し、慎重にそのチェストに触れた。

『叩いたら、古い錆だらけのchest[箱]は壊れてしまいました。』

 そんなメッセージが指を伝って脳裏に響いた気がした。
 そして、あっという間に岩もチェスとも粉々に崩れ吹雪の中に消えてしまった。
 再び雲の合間から光が降り注いだとき、彼の眼前には寒々しい海だけがただただ広がっていた。

 

The End

 

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