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During travel



 首都ブリテインからミノック方面へ抜ける道を二人の男と一頭のナイトメアが歩いていた。
 男の一人は真っ黒な髪を短く切り揃え、日に焼けた右の頬には戦いに身を投じてきたことが容易に想像できる大きな傷跡があった。身に着けているプレイトメイルの鎧にも傷はあるが、よく手入れをして使い込んでいるように見える。手には盾とダイヤモンドメイスを持ち、ダイヤモンドメイスだけはまるで血を吸っているかのように赤黒く光っていた。
「ヴァルラスさん、その重装備でずっと旅を続けるつもりですか?」
 そう話すのはもう一人の男。
 太陽の光に透けるような白金の髪を後ろにまとめ、腰まで伸びたまるで尻尾のようなそれは歩くたびに左右に揺れる。衣服の中に革の防具を着ているようだが、見た目は真っ白なシャツの上に茜色に染めたダブレット。青墨のパンツに赤墨のブーツという格好で、一緒に歩くたてがみの長い種のナイトメアに時折ハムを食べさせている。
 その顔は美形とまではいかなくても育ちの良さを感じる優しく凛々しい顔をし、人を惹きつけるカリスマ性に似た何かを持っているのだが本人は全く気づいていなかった。
「うっせーな。いつでも戦える用意は必要だろ。アシルは気を抜きすぎなんだよ」
 はいはいと言いたそうな顔をしつつ、アシルはまたナイトメアにハムを食べさせる。
「いざとなったらトワイスが助けてくれますよ。それに僕がすぐにリュートを弾きますから」
 アシルがバッグからリュートを取り出し奏でた音色は、心に染み渡り不穏な気持ちを穏やかにさせてくれる。
「ふんっ、危険は一瞬なんだ。自分の身は自分で守るんだよ!」
 戦士の頭の固さは強靭な肉体と比例しているのか? アシルは聞いてみたかったが、少し前を行き周りをきょろきょろ探りながらすり足で歩くヴァルラスを見ると、そんな気持ちは瞬時に消え去ってしまった。ヴァルラスの分もトワイスとともにがんばらなければいけない、改めて心に深く刻んだ。
 二人と一頭の使命――いつか話さなければならない時がくるだろうが、それはまだ先の話。
 まずは旅を始めたばかりの二人と一頭の身に起きた出来事を追ってみよう。

 ブリテインの沼地を避けて、砂漠地帯に足を踏み入れた一行は灼熱の太陽と吹き荒れる砂嵐に閉口し始めていた。
「誰だよ、こんなとこ通ろうって言ったのはよ」
 鎧を全て脱ぎ全裸になろうとしたところをアシルに止められ、しかたなく深紅のマントを下半身に巻き歩いているヴァルラスは先ほどから不平不満のオンパレード。
「アシル、フォンドール家の深紅のマントって言えば羨望の眼差しを受ける物なんだぞ。フォンドール家に忠誠を誓い、その信義を認められた者だけがつけることの許された物だってのに、それが俺の下半身に巻かれるなんてな……」
「いいじゃないですか。いつかのためにしまったままより、必要に応じて使うべき時に使う。いくら忠誠を認められても全裸で歩いてるのを知られた途端、そのマントは没収だと思いますけどね」
 汗だくのヴァルラスに比べてアシルはほとんど汗をかいておらず、ずっと同じ足取りで砂漠を歩いていく。
 少し残っていた水をナイトメアのトワイスに全て飲ませ、ヴァルラスの怒りを買ってしまっても全く動じない。
「ヴァルラスさんなら二、三日飲まなくても生きていけますよ」
 汗だくでへとへとになりながら歩いているヴァルラスを見てもにこっと笑いながらそう言えるアシルは、意外と怖い人物なのかもしれない。
「自分の汗でも舐めてしのげというのかよ!」
 ヴァルラスは怒りにまかせて叫ぶが、アシルは自分が悪いとは思いもせずトワイスに話しかける。
「ヴァルラスさんの怒りっぽいのはどうにかならないものかな」
「怒らせるようなことをしてるのは全部お前だろ!」
 ヴァルラスの心の叫びはアシルに少しも届かず、そんなやり取りを見たトワイスは人間ならばきっとため息をつきたいところだっただろう。

「どうした? トワイス」
 いつもアシルに合わせた歩幅で歩いていたトワイスが急に止まった。
 へとへとだと言っても常にアシルの前を歩いていたヴァルラスも、その声でトワイスのほうを振り返る。
 トワイスは耳をひくひくさせて周りの様子をうかがったかと思うと急に嘶き、二人を置いて遠くに岩山が見える方向に駆けていった。
「トワイス!」
 アシルが呼んでも止まらずに砂を巻き上げながら駆けていく。
「この暑さであの馬、頭おかしくなったんじゃねーのか」
 追いかける気力もないヴァルラスは深紅のマントであった、今では下半身に巻かれた布で汗を拭きながら気にしちゃいられないという様に言う。
 そもそも旅の最初からヴァルラスはトワイスのことが気に入らなかった。アシルは必ず自分よりもトワイスのことを気にかける。食べ物は必ずトワイスが先、水もトワイスが優先、ヴァルラスには疲れたか? の一言もなし。
 馬ごときに嫉妬かと言われると決してそんな気持ちではない……とは言い切れないところがさらに自分の気持ちの置き所を困らせる。
「トワイスは馬ではない。高貴な黒獣ナイトメアだぞ」
 トワイスをただの馬呼ばわりされて、アシルもさすがに気を悪くしたようだ。ヴァルラスを少し睨みつけ、気持ちを抑えるように静かな声で話す。
「トワイスは素晴らしく賢いんだ。何の理由もなく僕を置いていったりしない」
 トワイスが駆けていった方向を見るが、もう姿は見えずゆらゆらと蜃気楼が見えるだけ。
「きっとあの方向に何かがあるんだ。トワイスの気を引くような何かが」
 そう言うとアシルはトワイスが駆けていった方向へ走り出す。
「お、おい。待てよ!」
 ヴァルラスも慌ててアシルの後を追いかけようとするが、ただの布を巻いただけの状態では上手く走れない。
「ちくしょう、めんどくせえ」
 巻いた深紅の布を両手でたくし上げ、バタバタとアシルを追いかける様子は変質者が青年を襲おうとしているかのようであった。

 トワイスを追いかけようにも砂があっという間に蹄の跡を消してしまい見えなくなっていた。
 真っ直ぐにトワイスが駆けて行った方向に走っていたアシルは立ち止まり耳を澄ませた。目をつぶり耳に手をあて、視力以外のものでトワイスの行方を探るように。
 砂が舞う風の音の間に微かに聞こえるトワイスの嘶き。ほんの僅かな音を頼りにアシルは走った。
 近づくにつれ何かを蹴る音や魔法を繰り出す音が聞こえてくる。
 ――何かと戦っているのか?
 砂に足を取られながら走って行き、やっと追いついたときには多くのサソリとサンドボルテックスに囲まれたトワイスの姿があった。
「トワイス!」
 毒にやられ危険な状態まで来ていたが、アシルの解毒の魔法と獣医学による治療ですぐに回復したトワイスは、アシルのリュートの手助けもあって大人しくさせたサソリどもをゆっくりと片付けていく。
 周りを見渡す余裕ができたアシルはたどり着いた場所が砂漠の中のオアシス、慈悲のアンクのある場所だと気付いた。
 全てを倒したトワイスを泉の近くまで連れて行き休憩をさせ、アシルは今では穏やかになった周辺を注意深く観察した。
 砂漠にサソリやサンドボルテックスがいることは普通のことであり、そのためにトワイスが走ったとは思えない。泉に気づいて走ったとも考えられるが、トワイスが水を飲みたいだけで自分勝手に動くだろうか。
 いくつか考えてみるがどれも長年トワイスと過ごしてきたアシルにとって納得できる理由ではなかった。
「何か他の理由があるはずなんだが」
 トワイスは特に水に飢えている様子もなく、泉の周りにある木陰で涼んでいる。
 サソリやサンドボルテックスの死骸の山に近づき何か異変はないか見ていると、重なり合った死骸の隙間から薄桃色のものが見えた。
 死骸を掻き分けようやくそれがスカートだとわかったとき、アシルの後ろのほうにあるアンク辺りから音にならない気配のようなものを感じた。
 アシルが振り向くとそこには灰色のローブを来た女性が瀕死の状態で立っていたのだ。
 アシルは回復の魔法を唱え、彼女の意識がしっかりするまで少し離れたところから見守った。彼女が回復したとき、急に見知らぬ男が近くにいてはびっくりするだろう。こんな時にも女性への心配りを忘れない、アシルはそんな男である。
 ようやく意識がしっかりした彼女は一目散に衣服を拾い、木陰で用意を整えていた。トワイスのすぐ近くだというのに気づく素振りもない。気づいてよ、と普段より鼻息を強くしたトワイスにやっと目がいったのは、先ほどまで瀕死だったとは思えないほど身なりをしっかりと整えた後だった。
「大丈夫ですか?」
 恐々とトワイスの背中を撫でていた彼女は急に聞こえた言葉にびっくりして振り返った。
 遠くから少しずつ近づいてくるアシルを見つけると一瞬強張ったが、両手を見せながら笑顔でゆっくりと近づいてくるのを見て危険とまでは感じなかったようだ。彼女はそのまま近づいてくるのを見つめていた。
「ええ、なんとか。この子ナイトメアかしら? 遠くから走ってきたときはびっくりしたわ」
「僕もびっくりしました。トワイスが急に駆けていくものですから。でもごめんなさい、間に合わなかったようですね」
 トワイスを撫でていた手を止め、彼女は言った。
「いえ、助けに来てくれてうれしかったわ。祈りに夢中になっていたみたいね。気づいたらサソリとサンドボルテックスに囲まれていたわ」
「ご自宅は近くですか? 良ければご自宅までお送りします」
 彼女を一人で帰らせるのは危険と感じたアシルがそのようなことを言うのはもっとも。常に女性のためになることを考える、アシルはそんな男である。
「ええ、あなたがよろしければそうしていただけると助かるわ。私はセレスティア。あなたの名前は?」
「僕はアシル。そしてナイトメアのトワイスです。あ、そうだ実はもう一人いるんだ」
 ここに来てようやくアシルはヴァルラスのことを思い出した。トワイスが耳を動かし、遠くを見つめるような素振りをする。アシルとセレスティアが同じようにトワイスが顔を向けた方向を見ると、遠くから砂埃を上げ走ってくる上半身裸の男がいた。
「きゃああああっ」
 セレスティアがそれを見て逃げようとしたのも無理はない。下半身に巻いた布をたくし上げ必死の形相で走ってくるヴァルラスは、どうみても危険人物以外の何者でもない。
 この後ヴァルラスの元へ走り、遠くで身なりを整えてからこちらに近づいてくるように言い、走って逃げようとしたセレスティアを必死で引きとめ、ヴァルラスについて説明するアシルを誰もが同情するだろう。

「先ほどは失礼した。暑くてつい脱いだだけでよ、女性に出会うとわかっていればあんな格好はしないぞ」
 無事誤解が解け、二人と一頭は砂漠地帯から出て西にあるセレスティアの家まで彼女を送り、お礼にとお茶をいただくことになった。
「本当はあの布さえもつけないで歩こうとしていたんですよ」
 お茶を飲みながらアシルにそんなことを告げ口され、ヴァルラスは飲もうとしていたお茶を一気に吹き出してしまった。
「おい、それを言うな! 今はちゃんと服を着てるんだからいいだろ」
 漆黒色のパンツに薄青色のシャツを身につけたヴァルラスを見て、最初からその格好をしていればややこしいことにならなかったのにと心の底から思うアシル。ヴァルラスと付き合うには多大な苦労が必要そうである。
 二人に向かい合う形で座るセレスティアはそんな二人を見て微笑んでいた。
「な、何がおかしい」
「ヴァルラスさんがおかしいに決まってますよ」
「なんだと! アシルもう一度言ってみろっ」
 セレスティアがくすくすと笑ったのを見て、ヴァルラスが少し顔を赤くしたことにアシルは素早く気付いた。
「あれ? ヴァルラスさん顔少し赤いようですがどうかしましたか?」
「うるせえ。なんでもねーよ! 茶おかわり!」
 そう言いながらぐびぐびとお茶を一気飲みするヴァルラス。年齢ではヴァルラスのほうが上なのに、精神年齢はアシルのほうがずっと大人のようである。
「とても楽しい方たちね」
 そう言いながら、くすくす笑うセレスティアの顔を盗み見しながら、ヴァルラスはまたお茶をぐびぐびと飲み干す。家の外で待つトワイスがこの光景を見ていたら、またため息をつきたくなっていただろう。

「セレスティアさんは一人でお住まいですか?」
 桃の木のある庭には他にもたくさんの花が咲き、家は小さいとはいえきれいに片付けられていた。
「ええ、男手がほしいと思うときもあるけどやろうと思えば一人でなんでもできるものよ」
 家の隅のほうに作られた工房のような場所には紡ぎ車や小さいながらも炉や鉄床も揃えてあり、壁には弓が立てかけられてあった。
「俺達に頼みたいこととかねえか? ほしいものとかよ」
 話を聞いていたヴァルラスがセレスティアに問いかけた。急に聞かれ少し悩んだあと、ほしいものがあると話し始めた。
「動物を飼いたくてね。それもスワンプドラゴンがほしいの」
 もっとかわいらしいものを想像していたヴァルラスとアシルは驚きを隠せなかった。
「びっくりした? 一人で暮らしてると色んなことをしなきゃならなくてね。ときどき狩りをするんだけど、狩りで騎乗するならスワンプドラゴンはぴったりじゃない? でも自分で用意することはできないし、今度ブリテインに行ったときまで我慢と思っていたところなのよ」
「うちのアシルは優秀な調教師だからな。スワンプドラゴンでもエンシェント・ウィルムでもなんでも連れてくるぜ」
 アシルの背中をバンバン叩きながらヴァルラスが上機嫌でセレスティアに答えてるところにアシルの冷静なつっこみが入る。
「ヴァルラスさん、さすがに僕でもエンシェント・ウィルムは無理ですよ。あれを調教できる人なんてこの世にいません」
 そんなやり取りを見て、またセレスティアがくすくす笑う。
「どこのスワンプドラゴンがお好みですか? ブリテインの沼地なら人に慣れてますし初心者にはいいかもしれません。トリンシックの沼地のは少々気が荒いと聞いたことがありますね」
 アシルが色々と思い浮かべながらスワンプドラゴンの生息地とその気性について話していると、セレスティアがぽつりと言った。
「ミスタス……ミスタスのスワンプドラゴンはどうかしら」
「ミスタス?」
 ヴァルラスとアシルは顔を見合わせたが、どちらもミスタスとスワンプドラゴンの関係がわかっていないようだった。
「そこにいるカオスドラグーンがスワンプドラゴンに乗ってると聞いたことがあるの。沼にいる泥臭いのよりもいいかなと思ったんだけど、調教の仕方が特殊みたいでカオスドラグーンに戦いを挑まないといけないし、危険な場所だし、不安だったら普通に沼にいるスワンプドラゴンでもいいのよ」
 どうやらこの言葉はアシルとヴァルラスに火をつけてしまったようだ。
 アシルは自分の調教師としての腕前を試されているのかとそのいつもの沈着冷静な瞳に青い炎をたぎらせ、ヴァルラスは自分の戦士としての腕前を試されていると熱く燃えていた。
「わかりました。そのミスタスに行ってスワンプドラゴンを連れてきましょう」
「おう、どこへだって行ってやるよ。危険な場所だろうが、危険な奴だろうが俺が負けるわけがない」
 二人の言葉を聞いてセレスティアは少し安心したような顔をし、立ち上がって戸棚からある箱を取り出した。
「ミスタスに行くなら、入り口近くの宿屋にこれを置いてきてくれないかしら」
 アシルが預かった箱はそれほど重くもなく、何が入っているか聞こうと思ったがセレスティアはすでにヴァルラスとミスタスへの行き方を話していたので大事にバッグにしまった。
 たぶんスワンプドラゴンはついでであって、本来の目的はミスタスの宿屋にある。アシルは直感的にそう思った。

 セレスティアから比較的安全な誠実という名のムーンゲートとゲートを出てすぐリーパーやインプがいるが一本道でわかりやすい正義という名のムーンゲートの話を聞いて、すぐに正義のムーンゲートから行くことを決めたのはヴァルラスだった。
「わかりやすい道のほうがいいだろ」
 戦士というのはこうも単純なものなのだろうかと思いながらアシルはリュートを奏で、二人と一頭はミスタスへ道を急ぐ。
「そういや、ミスタス入り口あたりにテントを張っているジプシー達には気をつけろとセレスティアが言ってたな」
 いくつかテントが見えてくるとヴァルラスがそう呟いた。
「なぜですか?」
「なんでも、旅人を狙ってたかりにくるらしいから決して言葉を交わすなと言ってたぞ」
 カラフルな格好をしたジプシーたちが笑顔でアシル達に手を振ってくるが、二人と一頭はそれを無視しミスタスの入り口へ向かった。
 入り口近くの橋にジュカウォーリアの姿が見え、ヴァルラスのメイスを持つ手に力が入った。この街でアシル達は侵入を許される者ではないのだ。
「ヴァルラスさん、無駄な戦いはやめましょう」
 アシルがリュートを持ち、トワイスの背中を二度ほど軽く叩いてからまたがった。アシルがトワイスに乗ることはほとんどなく、これだけでアシルが真剣だということがヴァルラスにも伝わってきた。
「では行きますよ」
 アシルのリュートに合わせて少し小走りに街の中に入っていく。
 街の中では時々ジュカ族が歩いているが、アシル達は見つからないように建物の影に隠れながら街の奥へと進んだ。ちょうど街の東側を囲むように川が流れ、滝のようなものがある。そこの近くにある広い空き地にカオスドラグーンはいた。
 二本の角が生えた兜を被り、ドラゴンの鱗で出来た黄色に映える鎧を来たカオスドラグーン。スワンプドラゴンに乗り、刀とカオスシールドを持ちゆっくりと周りを見渡しながら歩いている。
「あいつを倒さないとスワンプドラゴンは捕まえられないってことだな」
 そう言うとヴァルラスは飛び出し、カオスドラグーンと対峙する形になった。
 急に飛び出してきた異人にカオスドラグーンはすぐに反応を示さなかったが、やがてそれが排除すべき者と認識したのか兜の奥の眼を光らせてきた。
 ヴァルラスは視線を外さないよう睨みつけながら一度注意深く頭を下げ、ダイヤモンドメイスに力を込めた。カオスドラグーンもまたヴァルラスを睨みつけながらスワンプドラゴンの腹を足で数度叩き突進した。
 アシルにはお互い一歩も引かずにただ叩き合ってるように見えていたが、一瞬の差でヴァルラスが相手の攻撃を盾でかわしメイスの鈍い音をたててカオスドラグーンに数度叩き込んだかと思うと、状況はヴァルラスの一辺倒になった。
 いざというときはトワイスも加勢しリュートを奏でようと思っていたアシルは、ヴァルラスがフォンドール家に認められた戦士ということを今更ながら実感していた。
「おら、とどめだ!」
 ヴァルラスの声と共に大きく振りかぶったダイヤモンドメイスがそのままカオスドラグーンの顔に叩き込まれ、骨が砕ける鈍い音が聞こえたかと思うとゆらりとスワンプドラゴンから崩れ落ちた。
 主を失ったスワンプドラゴンはそのままよたよたと歩き回っている。
「アシル、今のうちだ」
 アシルはトワイスから降り端で待たせ、ゆっくりとスワンプドラゴンに近づいていった。急に主を亡くし混乱したスワンプドラゴンはアシルが近づいてくることにさほど興味を示さなかった。
 アシルはじっとスワンプドラゴンの目を見ながら囁いた。

 *ほら、良い子だね・・・*

 *君を飼いたいと言ってる女性がいるんだ…*

 *僕達の元へおいで…*

 もともと飼われていたスワンプドラゴンがそのような言葉でついてくるはずもなく、急に目が大きく見開かれたかと思うと、アシルへ突進してきた。
 アシルはスワンプドラゴンから目を離さずに後ろ向きで数歩下がり、リュートを取り出しきれいな音色を響かせ始めた。心が温かくなるような、穏やかな気持ちにさせるようなその音色はアシルだからこそ出せる音色であろう。スワンプドラゴンも足を止めその音色を聴き入った。

 *なにも怖くないよ…*

 *僕達の元においで…*

 *一緒に行こう…*

 その音色にのせ歌うように語り掛けるアシルの声を少しずつ受け入れたスワンプドラゴンはようやくアシルになついたのだった。
「はい、ヴァルラスさん」
 なついたスワンプドラゴンに乗るように言うアシルにヴァルラスは戸惑った。常に徒歩が信条のヴァルラスはここ何年も騎乗することがなかったからだ。
「ジュカ族に見つからないように今度は宿屋に行かなければならないんですよ。このよたよたしたスワンプドラゴンを連れて見つからずにいけると思いますか?」
 たしかにアシルの言うとおり。普段トワイスに乗らないアシルでさえ、自らトワイスに乗っているのだ。ここで自分のこだわりを曲げずスワンプドラゴンを連れて歩けばすぐにジュカ族に狙い撃ちにされる。
 自分のことよりもまずは一緒にいる仲間のために、ヴァルラスはぶつぶつ言いながらもスワンプドラゴンに騎乗した。

 ミスタスの入り口に戻り、横道に入ると宿屋があった。
 静まった場所、厩舎も酒場も立派なものがあるがこんなところに人が来ることは稀であろう。入り口すぐの厩舎にトワイスとスワンプドラゴンを待たせ、ヴァルラスとアシルは宿屋の中に入った。
「こんにちはー」
 ドアを開け中に入ると誰かがいた形跡はあるが、人影は見えなかった。
「そんなまぬけな挨拶しながら入る奴があるか」
 ヴァルラスは先ほどのカオスドラグーンとの戦いの熱が冷めないのかダイヤモンドメイスを構えながら周りを調べた。
 テーブルに出しっぱなしのトランプカード、賭けに使ったようなコイン、飲み物もそのままになっている。
「なんだよこれ、ずいぶんと埃がかかってるな」
 よく見るとカードにもコインにも埃が貯まり、飲み物が入っていただろうコップはすでにカラカラに乾いていた。
「ここはもう随分前につぶれてしまった場所なんだろうか」
 二人がしばらくテーブルやカウンターの中を調べていると二階で微かに物音がした。それに瞬時に気付いたのはヴァルラスだった。
「おい、上に何かいるぜ」
 そう小声で言い、親指で上を指した。
 目でアシルにその場にいろと命令し、ヴァルラスはゆっくりと端にあった階段を上っていく。足音をたてないようにゆっくり上っていくが階段を半分ほど上ったあたりで何かを踏み、パシッと音をたててしまった。
 瞬間的に足元を見てすぐに二階のほうを見ようとすると、シュッと左耳の横を鋭い音をたてて矢が飛んできて一階の床に突き刺さった。
 その途端、ヴァルラスは前かがみになり頭を隠すように両手で盾を持つとそのまま一気に階段を駆け上がった。しかし相手の姿はなく、厩舎へ繋がる階段を駆け下りていく蹄のような音が聞こえていただけだった。
「アシル! 外だ、外!」
 叫びながらヴァルラスは蹄の音を追う。
 厩舎への階段を転がるように降り、厩舎の中を通り抜け外に出たところにいたのはトワイスに矢を打ち込む赤いケンタウロスの姿だった。
 体中が真っ赤に爛れたような色のケンタウロス。その四本の太い足に生える毛は全て尖り、軽くカールした肩まで伸ばした藍色の髪。険しい顔をして弓を引く腕には血が沸騰しているのではないかと思うほど血管が浮き出ており、はっきりと分かれた腹筋から胸筋にかけての筋肉は張り裂けんほどに張っていた。
 ヴァルラスには目の前にいる赤い者がトワイスに危害を与えているという情報だけで十分だった。大切なものを守ってこそ自分に生きる意味があると考えるヴァルラスにとって今一番に守るものはアシルであり、アシルの大切にしているトワイスであった。
「こんのやろう!」
 二本目の矢を弦にかけ力強く引くケンタウロスにヴァルラスが突進し体当たりをする。ケンタウロスがよろめき倒れるとそのまま馬乗りになり、ケンタウロスの顔めがけてダイヤモンドメイスを振り下ろそうとした。
「ヴァルラスさん、やめてください!」
 走り寄ってきたアシルに羽交い絞めにされ、ヴァルラスはバランスを崩し倒れこんだ。ケンタウロスが急いで立ち上がりそのまま駆け去ろうとしたが、アシルの一言がケンタウロスの足を止めた。
「セレスティアさん、知ってますよね?」
 ゆっくりと振り向くケンタウロスの顔は先ほどまでの怒り狂った表情とは全く違い、今聴こえたことを疑うような素振りさえした。
「お前、今なんと言った? 誰の名を呼んだ?」
 立ち止まり真っ直ぐにアシルを見る真っ黒な目。体中赤く見えていたのは全てが癒えていない傷だとわかった。
「セレスティアさんです。やはりご存知なんですね」
 何のことかわからないヴァルラスを尻目に慎重に一歩ずつ確かめながらアシルはケンタウロスに近づいた。
 あと少しでアシルの手の届くほどに近づけるというとき、急にケンタウロスが片手でアシルの首を掴み軽々と持ち上げた。
「くっ……」
 アシルの足は宙を掻き、両手でケンタウロスの手をはずそうとするも到底かなうはずはない。その苦しそうな表情に、ヴァルラスはすぐさまダイヤモンドメイスを手に振りかざした。
「だ、だめだ、待って!」
 苦しいながらもヴァルラスにそう言うと、真っ直ぐにケンタウロスの目を見て吐き出すかのように話した。
「ぼ、僕達はセレスティアさんに会った。あなた宛と思われる荷物も受け取った」
 アシルは決して目をそらさずに咳き込みながらさらに続けた。
「今ここで僕を殺したら、なにもわかりませんよ。いいんですか?」
 アシルとケンタウロスの睨み合いが続いた。実際は数秒でもヴァルラスには数十分と思える長い時間。
 アシルが手を出すなと言うから立ち止まったが、もうこれ以上は我慢できないともう一度ダイヤモンドメイスを振りかざそうとしたとき、ケンタウロスの手が緩みアシルはそのまま地面に倒れこんだ。
「アシル!」
 すぐにヴァルラスが駆け寄り、地面に倒れこんだまま動けないアシルを抱え起こした。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
 ケンタウロスは弦を引き矢をアシルの頭に向けながら言った。
「さぁ、言え。セレスティアをどこで知った?荷物はどこだ」
 呼吸を整えながらアシルはまたケンタウロスをじっと睨み、荷物はこの場所にはないと告げた。
「お前、騙したな!」
 ケンタウロスがさらに弦を引き、弓はギシギシと音をたててしなった。
「ある場所に隠しました。僕が持っていたら殺されて取られることも考えられますからね。セレスティアさんに頼まれたのは荷物を届けることだけですが、どうやら少し話をしたほうがよさそうだ」
 ケンタウロスの手はまだ緩まず、極限まで引かれた弦は今にも切れそうなほどに張っており、矢はずっとアシルの頭を狙っていた。
「どうです? 僕達と少し話をしませんか? 決して危害は加えませんし、あなたが知りたい情報も僕達は持ってると思いますよ」
 そう言うとヴァルラスにメイスをしまうように言い、トワイスとスワンプドラゴンにはその場で座りの姿勢を取るように命じた。
「トワイス、大丈夫か?もう少し辛抱してくれよ」
 矢を打ちこまれたままのトワイスに駆け寄ることもできないこの状況がアシルにとって何よりも辛いことなのだ。
 じっと睨み合うアシルとケンタウロス。
 やがて少しずつ弦が緩んでいき、ケンタウロスは弓を下ろした。
「わかった、中で話を聞こう」
 そう言うと先に宿屋の中に入っていった。アシルはすぐにトワイスに駆け寄り矢をゆっくり抜きながら介抱し、ヴァルラスは宿屋の入り口から中にいるケンタウロスをじっと睨みつけていた。
 ヴァルラスは絶対の信頼をアシルに寄せている。きっと今も正しい選択をし、ケンタウロスとの話し合いの場を作った、そう思おうとしている。
 だが、一度矢を向けてきた相手をすぐに信用することはヴァルラスにはできなかった。戦いの中では味方がすぐに敵にもなる。しかし、敵が簡単に味方になることはありえないのだ。
 ケンタウロスが次にまたアシルに矢を向けたときは、例えアシルが制しても必ずケンタウロスの頭にこのダイヤモンドメイスを叩き込む、そう思っていた。

 二人と一頭――いや三人と言ったほうが正しいのだろうか、それぞれ一階の酒場で少しずつ距離をあけて立っていた。
「さあ、今度こそ話してもらおうか」
 ケンタウロスは腕組みをし、じっとアシルを睨みつけた。
「まずはセレスティアさんからの荷物をお渡ししましょう。いつまでも僕達が持っているものじゃない」
 カウンターの奥に隠していた箱を出し、ケンタウロスの前に置いた。
「すいません、箱の中を先に見てしまいました。これがあなたに関係あることが見てすぐにわかりました」
 箱を開けるとケンタウロスは弓を置き、両手でゆっくりと中に入っているものを持ち上げてみた。中には一着の青いシャツが入っていたが、それは今まで見たことないほどに大きく、また少し変形したシャツになっていた。そう、まるでケンタウロスの身体に合わせたかのように。
「セレスティアさんがあなたのために作ったシャツですよね」
「セレスティア……」
 そのシャツを抱きしめようとしたところに、アシルが待ったをかけた。
「その傷だらけの身体じゃあっという間にシャツが汚れてしまいますよ」
 回復の魔法をかけ、さらに祝福の魔法を唱えケンタウロスに祝福を送った。
「セレスティアは今どこにいるんだ」
「ブリタニアのある場所に住んでいます。もちろん一人で」
 シャツを改めて抱きしめているケンタウロスを前に、アシルはリュートを奏で始めた。その優しい音色はケンタウロスの胸にも染み渡っているだろうか。しばらくそのままでいたケンタウロスが自分から話し始めた。
「私はレイケックス。ミスタスの奥、サーペンタインパッセージの者だ。そこでジプシーの娘、セレスティアと出会った」
 ずっと窓から外を眺め、アシルとレイケックスのやり取りに関心を示していないように見えたヴァルラスがジプシーと聞いてレイケックスの方を見た。

 どうやってセレスティアが危険なミスタスを通り、サーペンタインペッセージまで来たのか、それはレイケックスにもわからない。最初に会ったときは洞窟内の端にある椅子に座り、一日中妖精を眺めているだけであった。
 ケンタウロスの持っている矢を奪いに来る人間たちとは違うようだと感じたレイケックスは、何日も同じようにやってくるセレスティアと言葉を交わすようになった。
「お前はいつも何を見ている?」
「妖精が舞う様子を眺めているの。羨ましいわ。同じ狭い中に生きてるはずなのに、私はあんな風に自由に舞えない」
 ミスタスの前にテントを構えるジプシーの娘だったセレスティアはその生活に嫌気がさしていた。
 旅人が通れば愛想を振りまき、狩りのおこぼれをもらう。自分たちで稼ぐことをせずに、ただおだてれば何でもくれるようなカモが通るのを待つ日々。そんなジプシーの生活から抜け出す勇気もなく、ジプシーの仲間と離れる勇気もなく、ただ反抗心でサーペンタインパッセージに通っていたのだ。
「ジプシーってのはそんなに嫌なものなのか」
「私には合わないわね。私は自分の手で狩りをし、物を作って生活がしたい。花を育て、自分の家を持って生きていきたいわ」
「ではそういう生き方をすればいいじゃないか」
 セレスティアは悲しそうな顔でただ微笑んだ。

 二人は毎日のように洞窟の中で会った。セレスティアの仲間のこと、旅人から聞いた世界の話、セレスティアの将来の夢。それはレイケックスに外の世界を見たいという思いを芽生えさせた。
「私も少しだけセレスティアの気持ちがわかってきたのだろうか」
 しかしレイケックスのような存在が自分の生まれた場所から離れることは世界を乱すことにも繋がっていく。
 わかってはいても抑えられない、セレスティアに会って知った希望。一日を変わらずこの洞窟の中で暮らしてきたレイケックスに生まれた夢。
「セレスティアと一緒に暮らしたい。この暗い洞窟を抜け、ジプシーからセレスティアを救い出し、遠い場所で二人で一緒に」
 ケンタウロスがこのような感情を抱くことを疑問に思うか? おかしなことだと思うか? しかし実際に二人は信じあっていた。種族が違うことなど関係なく、お互いを大切な者と想っていたのだ。
「ムーンゲートで繋がっているブリタニアという場所だと、空に二つの月が見えるんだって」
 洞窟の中で寄り添いまどろみながら話すセレスティアにレイケックスは言った。
「では一緒にその月を見よう。二人でブリタニアへ行こう」
 一瞬間が空き、飛び起きてじっと見つめるセレスティアにレイケックスがうなずく。
 もう心は決まり、決行は満月の日に宿屋で落ち合うこととした。

 レイケックスは外に出ることなど簡単なことだと思っていた。
 あの洞窟の向こうに空があり、最初で最後のこの地の月を見ることができるはずと思っていたが、毎日二人の逢瀬を見ていた仲間たちがレイケックスのそのような行動を許すはずがなかった。
 誰かがおかしなことをすると、それは種族全体の問題に繋がる。さらにその洞窟の主、サーペインドラゴンさえ許そうとはしなかった。
 出て行こうとするレイケックスを止めに入るケンタウロスたち。
「どうして自由を与えてくれないのだ。外に出してくれ!」
 暴れるレイケックスに矢を向けてくる者さえいた。
 それほど自然の摂理に逆らうには相当な覚悟と困難が待ち構えているのだ。
 ――私の自由は仲間を撃ってまで得るものなのだろうか。
 弦を引き一度は仲間に矢を向けたが、手を離すことはどうしてもできなかった。
 セレスティアならきっとわかってくれる。なかなか現れない私を心配して、きっと明日ここに現れる。怒ってるかもしれないが、それはゆっくり理由を話していこう。
 ケンタウロスでしかわからない、この洞窟に住まう者でしかわからないこともあるのだ。
 レイケックスは少しうぬぼれていたのかもしれない。自分のことを想ってくれるセレスティアが自分を置いていくことなどないと思っていたのだ。次の日待っても現れないセレスティアに戸惑いを感じ、何日待っても現れる様子がないことに焦り始めた。
 念願の自由を手に入れたであろうセレスティア。仲間の引きとめで諦めてしまったレイケックス。
 もうこのまま会うこともないのだろうかと思う日々。

* * *

「でもお前は今ここにいる。なぜだ?」
 ずっと聞いてるだけだったヴァルラスが初めて口を開いた。
 レイケックスはちらっとヴァルラスを見たがすぐにアシルに顔を戻し話した。
「私は過去や種族のしがらみよりも自由を取ったのだ。仲間たちは容赦なく攻撃をしてきた。あの場所から私が出て行くくらいなら殺してしまったほうがいいという結論になったのだろう」
 体の傷はその時に負った傷だったのだ。
「で、たどり着いたときには彼女はすでに一人で旅立った後だったということだな」
 ヴァルラスは馬鹿にしたような笑いをしながらそう言った。遅すぎた決断だったということは本人が十分過ぎるほどにわかっている。
「なんともお粗末な結果だな。お前はこれからずっとここでセレスティアが迎えに来るのを待つ気だったのか?」
 鋭い目でぐっと睨むレイケックスをヴァルラスもまた睨み返した。緊張をはらんだ空気が三人を包みこんだ。
「セレスティアがどこへ行ってしまったのかわからない今、私はここで待つしかないのだ。初めて見たこの土地の風景、朝と夜がこんなにも違い噂に聞いていた太陽と月がこんなにもきれいなものとは、あの場所から出てこなければわからないものだっただろう。これを知ってしまった私はもう洞窟に戻る気にはなれぬ」
 ゆっくりとヴァルラスに近づいていくレイケックスの蹄の音がカツン、カツンと響いていく。
「どうか、セレスティアに伝えてくれ。中途半端な覚悟のまま悲しませてしまってすまないと。一緒にブリタニアの月を見ることができず、申し訳なかったと」
 ヴァルラスに向けて深々と頭を下げた。洞窟での仲間、同種族との絆とセレスティアの間でどれだけ悩み、心を痛めだのだろう。一歩前に進むことがレイケックスにとってどんなに困難だっただろう。  
 たとえ決断するのが遅かったとしてもレイケックスはここに出ることを決めたのだ。
「しょうがねえな。アシル行くぞ」
 頭を下げたまま動かぬレイケックスをそのままにしてヴァルラスは外に出ようとドアに足を向けた。
「ヴァルラスさん帰るつもりですか?」
 ヴァルラスを止めようと焦りながらアシルがそう言うと、ドアに手をかけたまま振り返ったヴァルラスがレイケックスを見ながら当たり前のように言った。
「おい、そこでずっと頭下げてる奴。お前も行くんだからよ、さっきのシャツでも着て身なり整えな」
 思いもよらない言葉に、レイケックスはすぐに顔を上げヴァルラスを見た。
「ほ、本当にいいのか?」
「さっきの言葉、自分の口で彼女に言え。償いってのは人にやってもらうもんじゃねーぞ」
 ヴァルラスは背中越しにそう言って、外に出て行った。
「いいのか?」
 今度はアシルを見ながらレイケックスはもう一度聞いた。
「ヴァルラスさんがいいと言ったんです。さあ、でかけましょう。セレスティアさんが今もあなたを想っていることはそのシャツでわかりますよね」

 青いシャツを被ったレイケックスの前をヴァルラスの深紅のマントを巻きつけたスワンプドラゴンが行く。トワイスはアシルのローブを頭から被り、頭を隠した二頭と一人を連れてアシルとヴァルラスがムーンゲートに向けて歩いていた。ヴァルラスの作戦でこのような格好をしたのだが、逆に目立っているのではないかとアシルは気が気でなかった。
 ミスタスを出るとすぐにジプシーの目に留まり、声をかけてきた。
「戦士様たち、何を連れてるんですか?私たちにも見せてくださいな」
 ヴァルラスは笑いながらジプシーに手を振り、何でもないというような仕草をした。
「捕まえた馬やスワンプドラゴンが暴れないように目隠ししてるだけさ。暴れてあんたたちのテントに突っ込んでも困るだろ? それでもこいつらを見たいかい?」
 ジプシーたちは引きつった笑いをしながらそそくさとテントの中に戻っていった。
「ほらな、俺の作戦が上手くいっただろ?」
「トワイスは馬じゃありませんからね」
「今度私のことを馬と言ったときがお前の最後になるぞ」
 得意げに話すヴァルラスにアシルとレイケックスが不機嫌そうにする。
 しかしヴァルラスの言うように上手い具合にジプシーたちからレイケックスを守り、一行はムーンゲートにたどり着いた。
「レイケックスさん、ここからは今まで住んでいたこの場所とは全く違う世界に行きます。ここに戻ることはないでしょう。いいですね?」
 アシルの問いかけにレイケックスは何をいまさらと笑った。
「この日を待ち望んでいた。さあ、行こう。新しい世界へ」

 この日セレスティアは花壇の世話をしながら、レイケックスのことを想っていた。レイケックスを待ってあげられなかったことがセレスティアの重責となっていた。一日に何度も思うレイケックスへの謝罪。
 約束の場所でセレスティアを待っていたとしたら? そんな淡い期待を込めて、アシルとヴァルラスにあの服を託したのだ。 
 きっとレイケックスとセレスティアのことをわかってくれると二人を見て思ったのだった。そして、アシルとヴァルラスならもしかして……。
そんな淡い期待さえもいだきたくなるようなそんな雰囲気があの二人にはあった。
 ふと気づくと少しずつ聞こえてくる蹄の音。だんだん近づいてくるその音は最初はゆっくり、やがて早くなりこちらに駆けてくる。
 一頭? いや、もっといる。家から飛び出して音のするほうを見ると三つの陰が近づいてきていた。
「セレスティア!」
 先頭を走る者が叫ぶ。それは懐かしい声。ずっと胸の中で繰り返し聞こえていたレイケックスの声だった。
「レイケックス!」
 微かな希望はアシルとヴァルラスによって現実のものとなった。

「アシル、行くぞ」
 レイケックスとセレスティアの再会を遠くから眺めていたヴァルラスはそう言って、スワンプドラゴンから降りた。
「ほら、あそこにいるのがお前の新しい飼い主だ。俺に乗られるよりずっといいだろ」
 そう言って、スワンプドラゴンにセレスティアの元へ行くように背中をたたく。
 少したどたどしく数歩歩いてから、スワンプドラゴンはセレスティアの元へ走っていった。
「ヴァルラスさん?」
 アシルもトワイスから降り、不思議そうにヴァルラスを見る。
「何もあの二人の邪魔することないだろ。俺たちの旅も続けなきゃなんないんだしよ」
 来た道を戻ろうと先に行くヴァルラスをアシルは走って追いかける。
「一度ミノックに寄りませんか?僕いいこと思いついたんです」
 そう言って少し笑うアシル。
「いいことってなんだよ。どうせ悪いことでも思いついたんだろ」
「いいえ、ヴァルラスさんにとってもいいことだと思いますよ。ミノックで船を買うんです」
 ほう、と少し見直したといった感じでヴァルラスはアシルを見た。
「たまには俺のことも考えてくれるんだな。船はいいぞ、青い空、白い雲、ずーっと広がる海。ときどき出会うイルカ。シーサーペントが出てこりゃ俺が倒してやるよ。もし海図が見つかったら、一攫千金も狙えるぞ」
 ヴァルラスは楽しそうに船旅がどんなにいいものか話し始めた。
「よかった、ヴァルラスさんなら賛成してくれると思った。ミノックで船を買ったらそのまま北東の岬まで行って船を出しましょう。きっと楽しい旅になる」
 そう言ってアシルはもう一度ふふっと笑った。
 今までアシルに喜ぶことをしてもらった記憶が全くないヴァルラスは、やっと自分のことを考えてくれるようになったかとうれしくなりアシルに問いかけた。 
「で、船でどこへ向かおうとしているんだ?」
 アシルの言葉はヴァルラスを激怒させるものだった。
「ヴァルラスさん暑いの嫌いじゃないですか。だからダガー島に行ってみましょう。きっと真っ白く雪化粧されたきれいな場所でしょうね。僕も一度行ってみたかったんですよ」
 ヴァルラスはとっさにアシルの首元をつかんで叫んでいた。
「雪化粧なんてもんじゃねえぞ!こんな軽装で行ったら凍死するだろ」
 この世にはもっと温暖で行きやすい場所があるのに、どうしてアシルはおかしなところばかり行こうとするんだろうか。
「僕はローブがありますし、トワイスは寒いところも強い。ヴァルラスさんはあのマントがあるじゃないですか」
 首元をつかまれたままアシルはにっこり笑ってそう言った。
「お前、俺を凍死させる気かっ!」
「大丈夫、ヴァルラスさんは生きていけますよ」
「大丈夫じゃねえ!」
 もしトワイスが人間ならば、という前置きをせずともトワイスはそんな二人のやり取りを見てため息をついていただろう。

 二人と一頭の旅はまだ始まったばかり。
 この後ミノックへ行き船旅になったのか別の場所へ向かったのか、その行方はまた別の機会に話そう。

 

The End

 

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