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葬られた死骸


 瑞穂の国、禅都の都を遠く離れた山奥の村に菱川 梅宗(ひしかわ ばいしゅう)という名の医術師が住んでいる。
 梅宗は日々山に籠もって村人に必要な薬草を集めては持ち帰り、 すり鉢ですり潰してはせっせと薬の原料となる秘薬を作り上げる事を日課としていた。
 村は小さく、 梅宗はほとんど全ての村人の体の具合をよく把握していた。
 人々は皆顔見知りののどかな村である。
 事件はある晩に起こった。 村1番の働き者と呼ばれて名高い宗右衛門(そうえもん)夫婦が山の斜面を切り開いて造った段々畑に下りてこなかったのである。
 隣家の爺が宗右衛門の家に様子見に出向いて行くと腰を抜かし戻ってきた。 驚いた村人達が手に持った鎌や鍬を投げ捨てて宗右衛門の家を訪ねてみると、 家の中は壁も天井もいちめん血だらけで、 この世のものとは思われぬ凄惨な光景が広がっていた。
 宗右衛門夫婦はとうの昔に事切れ、 ひとり娘のお香(おこう)もまた無残な最期を遂げていたのである。
 年の頃16の花盛りの娘に相応しからぬ死は村人達をなお、 悲嘆に暮れさせた。
 3人は森を切り開いて作られた村の最上段に鎮座する菩提寺の墓所に手厚く葬られた。
 この地方に限らず徳乃諸島では土葬が一般的である。 火葬するためには多くの木々を必要とした為であろう。
 寺の新しい三つの墓にはこんもりと土が盛られ、 秋口にも関わらず多くの花で埋め尽くされた。 馴染みの顔が埋められた真新しい墓の前で梅宗もまた手を合わせた。 苦しかったろう、 無念であったろう。 梅宗は何も語らぬ墓に向ってそう問いかけた。 だが死人は土の中に眠ったままだ。
 墓を背に振り返ると、 沈む夕日に山々が深い影を落としていた。 渓谷は幽玄に翳(かげ)り、 この時刻の谷には人外の魔物が蠢(うごめ)いているように梅宗には思えてならないのである。

 宗右衛門一家の葬儀から幾日か経ったある日。 村の東側に広がる樹海の入り口で新たな死体が見つかった。 死体の主は源五郎一家の長男坊、 長吉である。 体の弱い源五郎の代わりに一家を支えるべく朝から晩までよく働く青年であった。 梅宗が村人の知らせを聞きつけて長吉の死体の検分に赴いた際、 妙な事に気づいた。 野良仕事で真っ黒に日焼けしていた長吉は異様なほど色が白くなっていたのである。 そしてもっと不思議だったのは一目見てそれと解るほどに膨れ上がった胴体である。
 梅宗が着物の胸元を開くと爪で掻き毟(むし)った無数の引っ掻き傷があり、 長吉の両腕の指は掻き毟った時の状態のまま固くなっていたのである。
 自宅の簡素な診療台の上に長吉の死体を運ばせると梅宗は手を合わせた後、 鋭利な手刀で長吉の胸を開いた。 開胸した胸を両手で押し広げると固くなった血の塊りの奥から勢いよく鮮血が噴き出してきた。 長吉の血は梅宗の顔や体を赤く染めた。 死体の解剖に立ち会っていた村の長老はへたへたと座り込み、 懐から数珠を取り出すと一心に念仏を唱えだした。 長老の低く唸る様な念仏の中、 梅宗は顔色1つ変えずに肋骨を繋いでいる腱を短刀で断ち切っていった。 あばら骨を開くとその下から綺麗な赤色の心臓が肺の間に顔を覗かせている。 鼓動の止まった心臓に固くこびり付いた血糊を拭うと、 心房に大きな穴が開いているのを見つけた。 それは鋭利な刃物で貫いたかのような生々しい傷跡であった。

「これだ」

 梅宗がそう言って筋繊維の塊りに優しく手を添えるとほんの少しばかり残った血がとろりと傷口から溢れ出た。

「なんぞ、 解ったのか !?」

 村長(むらおさ)が梅宗に恐る恐る目を向ける。

「心の臓を何か鋭利なもので貫かれている。 それが体内に血を溢れさせ、 腹部を膨らませた原因だ。 体が妙に白っぽいのも血管の内部の血がほとんど抜けてしまった為であろう。 ただ… 」

「ただ… ?」

「ただ、 この心の臓を貫いたものが何か皆目(かいもく)見当がつかぬ。 外部からの傷でない事は明らかだ。 胸部外皮は自ら掻き毟った無数の掻き傷があるのみ… いったい何がこのような傷を心臓に齎(もたら)したのだ?」

 塔婆が風に揺られ、カラカラと音をたてている。 哀れな亡骸(なきがら)を残された人々と共に葬った。 悲しみにすすり泣く声と寺の住職の経を唱える声とが入り混じり、 茜色の空に消えていく。 赤とんぼが飛び交い、 時折小刻みに震える肩にとまっては人間の行いを不思議そうに首を回して見ている。
 梅宗は何かが起こっている事を感じた。 それが何かは解らぬが、 この青年の死はほんの緒(いとぐち : 物事の始まり)に過ぎない。 いや、 その少し前にあった宗右衛門一家からであろうか…
 何か得体の知れない災いがこの村の目に見えない物陰から忍び寄って来ている。 災いは再び誰かの命を奪うであろう。

 そしてその予感はすぐに現実のものとなって梅宗の目の前に現れた。

 肋輔(ろくすけ)夫妻は山菜を見分ける事に秀(ひい)で、 梅宗も夫妻に薬草の種類などをよく教わったものであった。
 2人の亡骸は村の近くを流れる大きな岩がごろごろとした渓流で見つけられた。 土左衛門(どざえもん : 溺死者)によくあるように夫妻の胴体が大きく膨らんでいたが、 梅宗はその膨らみが水をたらふく飲んでしまったものではない事を知っている。 案の定、 2人の遺骸の心の臓には長吉と同じ穴が開けられていた。
 最早一刻の猶予もならない。 一連の死が偶然によるものでない事は共通した死因を見れば自明の理(ことわり :道理)。 何者か殺人者がこの村に紛れ込んでいる。
 梅宗は村長(むらおさ)と相談し、 菩提寺の住職の助けを借りて寺の本堂に村人達を集めた。 夜半まであとひと時(2時間)はあろうかと思われる頃、 村人全員が集まった。 小さな村とはいえ、 数百人の村人達が寺の本堂でひしめき合う事となる。 しかし野良仕事を終え、 疲れているであろう村人達の誰一人としてその事に不平不満を洩らす者はなかった。 誰もが事の異常さを感じていたのである。 梅宗が寺の住職と庫裏(くり : 住職の住居)から出てくると乳飲み子を抱えた母親は子供をあやす手を休め、 子供達の親は騒がしくしないよう我が子を諭した。
 梅宗は口を開く。 誰かよそ者を見かけなかったか、見た事のない獣が村の周りをうろうろしていなかったか… 数本並べられた行灯(あんどん)の乏しい明かりの中に1人の青年がおずおずと手を上げる。 それは安吉という名の青年であった。 誰もが安吉に真剣な眼差しを注ぐ。

「オラ、 実は… その、 見ただ… だども口止めされて… 」

 歯切れの悪い青年の告白に皆が苛立ちを感じ始めた頃、安吉はうめき声を上げて倒れ、激しく痙攣した。

 安吉は 「うーっ、 うーっ」 とうめき声をあげながらバタバタと手足を痙攣させた。 梅宗が村人をかき分けて安吉に駆け寄ると安吉は着物の胸元をはだけ、 泥が染み付いたごつい指先で自らの胸元を掻き毟りだした。 梅宗が押さえ込もうとするともの凄い力で押し返され、 再び血が溢れ、 肉が削げ落ちるほどの怪力で胸を掻き毟りだした。

「安吉っ! おい、 安吉やっ!」

 青年には父母の声も全く届いてはいない。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 バタバタと暴れまくり、 手の付けようの無くなった安吉の腹が見る見るうちに膨らんでゆく。

「やめんか! 安吉、 やめんかっ!」

 しかし長い苦しみの末に安吉は事切れた。 ピクリとも動かなくなった安吉からゆっくりと死に水が流れ出し、 本堂の板の間に広がってゆく。 皆息を殺し、 えも言われぬ静寂(しじま : 沈黙)が菩提寺の伽藍(がらん)を押し包む。
 子供の押し殺した泣き声に弾かれる様に安吉の父母が息子の亡骸に駆け寄る。
 茫然自失とした梅宗は我に返ると体ががたがたと震えているのを感じた。 ここにいる皆がそうであったろう。 何もなかった。 誰も居なかった。 これだけ大勢の人々の中心で殺人が行われたのだ。 いや、 それとも病気か何かの類(たぐ)いなのであろうか?
 だが安吉はこう言っていた。

 口止めされて…

 それがこの悪夢のような問いの答えを手繰り寄せるほんの細い糸口であった。 安吉は何かを見たのだ。 或いは誰かを… そしてその事を口外しないよう口止めされていた。 今、 目の前で起こった"死”は人為的なものだ。
 何者かが隠れ潜み、自分の様子をじっと見つめている。 その思いは日に日に強くなっていくばかりである。

 その日菩提寺に集まった村人たちは一睡もできぬまま夜を明かした。 安吉の父母は変わり果てた息子を抱えながら境内を出て行ったがその後その一家を再び見た者はいない。
 夜は明けたが空には重苦しい暗い雲が垂れ込め、 そぼ降る雨の中を村人たちは足早に帰ってゆく。 そのほとんどは風呂敷1つに納まるような乏しい家財道具を抱え、 その日のうちに文字通り逃げるようにして村を去っていった。
 「村は祟られた」と彼らは口々に言い合った。 先祖が苦心して開墾した土地も見捨て、 人々は命からがら逃げていったのだ。
 梅宗は1人、 菩提寺の本堂に座して考えを巡らせていた。
 雨脚は次第に強くなり、 風ががたがたと襖や障子を揺らす。

「何故だ?」

 何かが心の奥で引っ掛かる。 恐らく答えは見えているはずなのだ。

「何故なのだ?」

 *ガタ ガタ*

 雨は風を伴い、 嵐となって寺の周囲を吹き荒れる。

 もう始まっていたのだ、 宗右衛門一家が殺された時に。 だが… 殺人者はただの一滴たりとも血を流さぬ方法で人を殺している。 だが何ゆえ、 宗右衛門一家の時にはあれほどまでに血飛沫を飛び散らせている?

「そうか… 」

 梅宗は黙したまま立ち上がる。

「一連の事件は何らかの因果関係によって確かに結ばれている。 だが最初の事件は誰か別の者によって行われたのだ… 」

 梅宗は寺の木戸を開けて表に出る。

 *ゴオオオオオッ!*

 強い風が梅宗に横殴りの雨を激しく打ちつける。 梅宗は打ち棄てられた鋤(すき : シャベルのようなもの)を持って寺の墓所に赴いた。 所々にできた大きな水溜りをばしゃばしゃと踏み越え、 宗右衛門一家の墓の前に立つ。
 おもむろに梅宗は手に構えた鋤をこんもりと盛られた宗右衛門夫婦の娘、 お香の墓に突き立てた。

 *ザクッ ザクッ*

 雨に濡れるのも構わず、 梅宗は一心不乱に墓の土を掘り続けた。

「梅宗殿っ!」

 背後で寺の住職が自分の名前を呼ぶのが聞こえる。

 *ザクッ ザクッ*

 住職の呼び声も意に介さず、 梅宗は墓を掘り起こし続ける。

「梅宗殿っ! あぁ、 何という罰当たりな事を! 死人(しびと)の安寧を乱すなど、 末代まで祟られますぞ!」

 梅宗は息を切らせて鋤の先端でお香の墓を指し示す。

「見よ! お香さんの墓だ。 何もない。 確かにここに娘の亡骸を埋めたのだ! 誰かがそれを掘り起こし、 ご丁寧に土塊を元に戻したのだ! ご住職は何か心当たりがあろう?
 今、 私が掘っているのをお気づきになられたように、 何人(なんぴと : 誰)が入って参ろうと住職はお気づきになられるはず。 よもや知らぬとは申されますまいな?」

 激しい雨が墓の前の2人に降り注ぎ、 掘り返されたばかりの娘の墓に見る見るうちに水が溜まっていく。 しかし住職はその問いには答えなかった。

「何ゆえこのような所業をなさるのか! 墓を掘り起こすなどもってのほか! いかに申し開きされるおつもりじゃ!」

 梅宗は鋭い目で墓に顔を向ける。

「隠そうとしたのだ、 この宗右衛門一家を殺した者は! 斬りつけられ、 損傷の激しい遺体を見れば死因は出血死であろうと見たものは考える。 しかし実際にはそうではなかったのだ。 宗右衛門夫婦の遺体は首を切られただけであるのに比べ、 何故お香さんの遺体はあれほどまでに傷つけられていたのか!? 背中を割られ、 胸を… 」

 *びゅんっ!*

 激しい雨の中、 何かが風を切って迫ってきた。 梅宗は体をかわすと迫ってきたものを掴み、 後ろ手にねじ上げた。 それは鎌を掴んだ菩提寺の住職、 その人の腕であった。

「ご住職、 よもや、 あなたが… 」

 梅宗がねじ上げた腕に更に力を込めると住職は堪らずに鎌を落とした。

「ぐあああっ。 医術師などに身を窶(やつ)しても身につけた忍術は全く衰えていないようじゃな! 菱川… 梅宗! いかにも宗右衛門一家を殺したのはワシじゃ… 」

「何故そのような事を… 仏門に身を置く立場にありながら、 自ら殺生を行ったというのかっ!」

「貴様には解らん。 一生理解できまいて! この世には神も仏もおらん。 ワシはそれを “ぶりたにあ” で嫌というほど思い知らされた。 遥々船で海を渡っていった先には神や仏を崇め奉る者など誰一人おらんかった… 
 あるのは生と死、 そしてその二つを操る魔法・魔術! 極楽浄土などありはせんのだ。 神仏を信じ、 その教えを広める為に出向いていったワシの受けた衝撃が理解できるのか、 梅宗!」

「それが幸せな一家を惨殺した理由か!」

「ワシは異国で黒い人骨… スケルトンを授かった。 骨には細かく“るーん文字” が刻まれてあり、 その骨を埋め込まれた者は不死の生命を得る… 」

「お香さんの割れた背中… まさか、 そんな… 」

「確信がほしかったのじゃ。 だから… 試した… 」

 吹き荒れる風雨が一瞬にして止んだ。 周囲の風景が色を失ったように見える。

 何かが… ゆっくりと… 近づいてくる…

    リーン   リーン

 それは黄泉路を迷わぬよう、 埋葬される死者に括りつけられる鈴の音。

     リーン   リーン

 体から体温を奪うような冷気が周囲に満ちる。 音もなく、 真っ白な死に装束を身に纏った娘の姿が墓所の入り口、 下方に延びた石段の先に見えた。

「お香さん… 」

 娘は俯いたまま、 1歩1歩石段を踏みしめながら近づいてくる。 住職が弱々しい笑いを洩らす。

「あれは… もはや誰にも殺せぬ。 すでに死んでおるのじゃからな。 魂を食らい続ける “餓鬼”。 あれを封じられるのは異国の地の “アルケミスト” だけじゃ」

 死んだはずの娘が顔をあげ、 上目遣いに梅宗と住職を黒い髪の間から見上げる。 愛らしい面立ちの “それ” が口を開く…

「せんせえ… 梅宗せんせえ… 」

 それは確かにお香の声であった。 しかし聞く者を凍りつかせるような冷たい響きがある。 娘は真っ白な死に装束の胸元をはだけ、 乳房を露にする。 しかし片方の胸の肉は剥がれ落ち、 黒い肋骨とその下のトクトクと鼓動を打つ心臓が見えた。 手には黒い手刀が握られており、 “それ” は手刀の先端を自らの心臓にあてがうとゆっくりと刺し貫いた。

「あっ、 がっ、 がぁぁ!」

 住職が摑まれていない方の手で胸を押さえ苦しみだした。

「お香! 何故じゃ、 何故ワシを… 」

 住職の胸が見る見るうちに膨らんでくる。

「住職! 何という事だ… “アルケミスト” とは何だ? 住職!」

 住職は悶え、 のた打ち回りながら声を絞り出してこう言った。

「“あれ” に触れてはならん。 “血の誓い” を結ばれる… 」

 住職はそれだけ言うとブルブルと震え、 それきり動かなくなってしまった。 “娘であったもの” は心臓から血を噴き出し、 着物を赤く染めながら1歩1歩石段を登り、 歩み寄ってくる。

「せんせえ、 後生です。 お香を抱いてください… せんせえに触れていただかなければ、 お香はせんせえに触れられませぬ… 」

 にじり寄る娘からじりじりと後退った。

「せんせえ、 お香は綺麗でございますか? 体が勝手に崩れてゆくのです… 哀れんでは下さいませぬのか? お香はせんせえに愛されとうございます… 」

 手を伸ばせば触れられるほどの近さまで来るとお香の顔はぼろぼろと崩れだした。

「すまぬ… お香さん。 あなたはもはや人ではない… 」

 “娘であったもの” の胸元に紫色の小瓶を残して梅宗は溶け込むように姿を消す。 と、 同時に墓所の更に上方に姿を現した。 激しい爆発音と共に “それ” は硝煙に包まれる。 煙が退いてくると肉体のほとんどが吹き飛ばされた黒い骨の骸(むくろ)が転がっていた。
 梅宗は半ば放心したようによろよろと石段を降りる。

「お香さん… あなたに再び死を与える、 これがせめてもの情けだ。 許されよ… 」

 跪(ひざまず)き、 お香の変わり果てた亡骸に手を添えた。 首から下の胸の部分はほとんど失われており、 抱き上げるとだらりと力なく腕が垂れ下がった。

「今一度、 そなたを故郷の土に還そう… 」

 何かが梅宗の背中に巻きつく。 冷たく、 固いお香の唇が梅宗のそれと重なる。

「!」

 梅宗は腕の中のお香を振りほどいた。 唇からはぼたぼたと血がこぼれる。 呪詛(じゅそ)のような不吉な呟きの後に乾いた笑い声が辺りに響き渡る。

「ブラッド・オース… 我ラハ結バレタ。 梅宗… センセエ 」

 その声はお香のものではなかった。 乾き、 擦れた死人(しびと)の声… 梅宗は切れた唇を押さえながら後ろに飛びのいた。

「逃ゲラレハセヌ」

 “それ” はまだ肉体が残っている腰の辺りを手に持った手刀で突き刺した。

「ぐ あ あ あ !」

 梅宗の腰から血が噴き出し、 堪(たま)らずひざまずいた。

「心臓ガ残ッテイレバ、 スグニ楽二シテヤッタモノヲ… 」

 *ザクッ ザクッ
    ザクッ ザクッ*

 “それ” は手当たり次第に手刀を自らの肉体の残っている部分に突き刺す。 それと同じ部位から血と激痛が噴き出すのを梅宗は感じた。

「ハ ハ ハ ハ ハ 」

 乾いた哄笑が響くなか、 石段を這うように梅宗は逃げた。

 “それ” はゆっくりとついて来る。 梅宗は懐をまさぐると秘薬を組み合わせて作り出した特製の回復薬を口にした。 激痛が和らぎ、 痛みで麻痺しかけた体に再び力が入る。
 しかし…

「ハ ハ ハ ハ ! 回復薬ヲ飲ンダナ!」

 梅宗は振り返り、 石段を見下ろした。 そして信じられぬ事に黒い骨ばかりの死人の胴体に再び生きた肉体が具(そな)わっていくのが見えた。 死人の顔にも肉が戻り始め、 お香のあどけない顔が残酷な笑いで引き歪む様がくっきりと闇に浮かんでいる。

  ドクン   ドクン

 黒い短刀は再び心臓に突き立てられた…

「あああああっ!」

 梅宗は胸の内で鼓動に合わせて血が大量に噴出すのを感じた。 恐怖と痛みに胸を掻き毟る。 闇と笑い声にこの世が沈んでゆく。 梅宗は手に持った回復薬を死人に投げた。 論理が梅宗の思考をプッシュしていた。
 回復薬をかけられた死人は苦しみだし、 梅宗は痛みが和らぐのを感じた。 更に回復薬を投げると死人はのた打ち回り、 薬のかかった部位から溶け出していった。 心臓から血の噴き出す感覚がなくなると梅宗は溶けて黒い骨のみになった骸骨に近づき、 跪(ひざまず)いて見下ろした。 すると今度は見る見るうちに黄色い腐った肉が黒い骨を覆いだし、 体の中心部に穢れた心臓がトクトクと鼓動を打ち出した。
 梅宗は黒い手刀を取り上げるとその黄色い心臓に突き刺し、 異国の地の死骸を永遠に葬り去った。
 再び。
 大雨の中に1人佇んでいる自分に気づく。
 砕けた黒い骸骨は雨に流され、 すっかり消えてなくなってしまった。 しかし死を弄(もてあそ)ぶ死骸の乾いた哄笑は、 いつまでも梅宗の心の中に響いていた。

 

 

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