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† A Requiem inscribed on The Gravestone †
ある墓碑に捧げられた鎮魂歌




 わたしの子供時代の話をしましょうか。
 …そうですね、“あなた”がよくご存知の話ですよ。

 子供の頃の最初の記憶は母親に手を引かれた自分の姿。
 大勢の人込みをかき分けて進み、整列した騎士たちを見送る事ができる場所まで来ると母親は周りの人達がそうしているように騎士団に向って大きく手を振りました。 手を降りながら母は涙を流しているのです。

「あれが、お前のパパなのよ」

 母は細い腕を上げて一点を指差して言いましたが、わたしにはそれがどの人物を指差しているのかわかりませんでした。
 何しろわたしは生まれてから1度たりとも父の顔を見た事がなかったのですから。
 しかしわたしはそんな様子はおくびにも出さず、母が喜ぶように見知らぬ人物に手を振り続けました。
 今思えば母の道ならぬ恋だったのかも知れません。
 母は決して不器量な方ではなく、寧ろ人目を引く美しい顔立ちをしていたと思います。 それは“あなた”の方がわたしよりも良くご存知のはずですね。
 母の許には多くの男性が訪れましたが誰一人として彼女の気持ちを捉えることはありませんでした。 或いは母はわたしの事も考えていたのかもしれません。 訪ねてくる男性諸氏は皆わたしがいる事を知っていて何かしらの手土産を持ってきましたが、彼らの誰一人としてわたしをまともに見てはいませんでした。 どちらかと言えば母の邪魔な付属物程度にしか思われていなかったのでしょう。
 母は優しかった。
 しかし訪れて来る彼らの醸し出す雰囲気が、わたしのその家での居心地を悪いものにしていました。 母も本当はわたしを邪魔なものと考えているのではないだろうか? わたしが居なければ母はもっと自由に生きる事ができるのですから。
 ある日母は1人の男を連れてきました。
 がっちりとした体格で髭をはやし、毛むくじゃらのゴリラみたいなその男は荒くれ者の印象を見る者に与えました。 まだ小さな子供だったわたしにはなおさら恐ろしげに写りました。 母はわたしにその男を紹介しました。 男はじろりと天井付近からわたしの事を見下ろすと、ぐっと屈みこんでわたしの頭を痛いくらいに撫で付けました。

「よろしくな、ぼうず」

 母はやがてその男と華燭の儀を… 失礼、“あなた”は洒落た言い方があまり好きではありませんでしたね。 …結婚式を挙げて一緒に暮らすようになりました。母は色々と手を尽くしたようですが、わたしはどうしてもその男に馴染めませんでした。わたしは彼の事を “おじさん”と呼びました。彼はおじさんと呼ばれても嫌な顔1つせず、デーモンも逃げ出しそうな笑顔でこう答えるのです。

「何だ。ぼうず?」

 彼は見た目よりもずっと優しい人間でした。 母はそれを見抜いていたのでしょう。
 夜にわたしが湯船に浸かっていると、彼がやってきました。 一緒に湯船に浸かりながら色々と話しかけてきますがわたしは黙っていました。 すると彼はこう言ったのです。

「俺はお前のかあちゃんが好きだ。 彼女が幸せになるにはどうすればいいのか、俺は考えた。 俺が考えたのはな、ぼうず。 お前のかあちゃんが一番大切に思っているものを俺も一緒に大切にしてやるという事なんだ。 わかるか?」

 母が一番大切に思うもの…

「お前が俺の事をどう思おうと構わん。 父さんなどと呼ばなくてもいい。 だがな、ぼうず。 俺はお前の親だ。 血の繋がりは無くとも俺はお前の事を自分の息子だと思っている」

 父親というのがどういうものかは分かりません。 今までそんな人は居なかったのですから。 だけどその人は本当の父親以上に父親らしかった。
 それからの数年間は本当に幸せなものでした。 母にとっても、わたしにとっても。
 母の葬儀の日は暗い雲が空を覆っていました。 私は夜のように黒い服を着て母の墓の前で泣きました。
 近隣の人達に連れられて家に帰った時、あの男がいない事に気付きました。 1人泣き疲れたわたしはキッチンのテーブルに突っ伏すように眠ってしまったのです。
 目を覚ました時にはすでに夜で、キッチンには肉を焼く香ばしい香りが漂っていました。 オーブンの前にはあの男が屈みこみ、火加減を調節しているのです。 わたしは小さな体に怒りを漲らせて叫びました。

「なんでこの家に居るんだ! ママはもう居なくなったんだからあんたもどっかへ行けばいいじゃないか!」

 わたしは怖かったのです。 母を失い、今またここで男がわたしの許から去っていってしまう事が。 男が、本当はお前の事などどうでもよかったんだと言ってわたしを見捨てていってしまう事が。
 しかし男はわたしの問いを聞き流し、笑顔でオーブンから焼けた肉の塊りを取り出すとテーブルの上で切り分けました。 それは今まで見たことの無い生き物でした。

「こいつはムーングロウのモンバットだ。 肉はちぃとばかり酸味があるが、鶏肉みたいな味だ。 食ってみろ」

 わたしは手の中にねじ込まれたフォークで肉を一切れ口に入れました。 それはとても酸っぱく、お世辞にも美味いと言える代物ではありませんでした。

「苦いし、酸っぱい… 」

 男はハハハ、と笑うと今度は鶏のそれよりも少し大きめの目玉焼きを皿の上に乗せました。

「じゃぁ、こいつはどうだ? 中の黄身はとろとろにして焼いてある。 うめぇもんだろう?」

 わたしはフォークで突き刺した目玉焼きから溢れ出たとろとろに熱した黄身を口先をすぼめてすすってみました。

「おいしい… 」

 それは本当に美味しかった。 わたしは満面の笑みを男に向けると熱いのを堪えながら目玉焼きを口いっぱいに頬張りました。

「モンバットってぇのは体の中では卵で赤ん坊を育てて生む時には哺乳類みたいに生む変わった生き物なんだよ。 肉の味はそれなりだが、卵の美味しさはほっぺが落ちるってくらい絶品だろう?」

 男はその後も家に留まり続けました。 あの晩、風呂場で言ったようにわたしを本当の息子のように扱ってくれました。 わたしがあと一年早く兵役に就ける年齢であったら、彼をあの戦場には行かせなかった。もし一緒に行っていたのならば、わたしは死んでも彼の背中を守ったでしょう。
 わたしは最期までその人を“父さん”と呼ぶ事ができませんでした。 それが今、悔やまれてなりません。
 だからわたしはあの人に教えてもらった事をわたしの子供たちに教えてやるつもりです。 あの人が教えてくれた強さや勇気、優しさや愛情、そしてモンバットの卵の美味しかった事… 自分の子供の笑顔を見て、あの人があの時見たわたしの笑顔はこんな風だったのかと想像します。

 “苦くて酸っぱいモンバットの肉の中にも美味しい卵が宿っている時がある。 それはまるで人生のようじゃないか?”

 あの日わざわざムーングロウの森にモンバットを捕まえに行ったあの人は…

  いいえ、“あなた”はわたしにそう言いたかったのですよね、 …父さん?

 

The End

 

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