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Crossing



 トリンシックに程近い、とある集落の中、一人の女性が一所懸命に何かを作っていた。
 側には、各種の秘薬と鉱石、宝石すら混じっていた。
 それらから抽出した褐色の液体を小分けにして瓶に詰めると彼女は大きく伸びをして、もう一つの液体(トリンシックローズの花びらの様な色の液体)が入った瓶の横にそれを置いた。
 彼女が次の作業に掛かろうとした時、入り口のドアがバタンと開き、何者かが入ってきた。
「薬は出来たのかい? アンリエッタ」
 簡素な鎧を身に着け幅の広い剣を下げた青年は、部屋に充満する臭いに耐え切れない様に窓の方へ向い、これを開け放ちながら尋ねた。
「これで大丈夫だと思うわ。まぁ、見ててよ」
 いたずらっぽくそう言うと、彼女は皿の上に載っていた鳥の骨に褐色の液体を振りかけた。
 見た目、その骨に何かが起こっている気配は感じられない。
 液体の臭いが酷いのを除いては……。
 青年は臭いに耐えかね、開いた窓から大きく身を乗り出して深呼吸をした。
「それにしても酷い臭いだね。臭い爆弾だって言われたら信じてしまいそうだよ」
 目を瞬かせ、鼻をつまみモゴモゴと喋る青年を嬉しそうに見ながら彼女は続けた。
「デレックったら大げさよね。でもね、これを見たらびっくりするわよ」
 薄笑いを浮かべたまま、先程の骨にもう一つの液体を振りかける。
 すると、骨は見る間にくすんだ白から鮮やかな青色に変化したのだ。
「うぉ! これは凄いよ、うん、本当に驚いたよ」
 デレックは、うんうんと頷いていたが、思い出した様にこう漏らした。
「でもさ、いったいこれを何に使うんだい?」
「それは内緒! ……と言いたい所だけど特別に教えてあげる。さっきは、骨に直接かけたけど、実はね、皮膚の上からかけても効果はあるのよ」
 デレックは、ぽかんとした表情のまま話を聞いている。
「ま、理解出来なくてもしょうがないか……剣術に戦術、解剖学、治療技術……あなたの頭はそういった事で一杯ですものね」
 小さなため息をつく。
「そうだ、お袋からの差し入れを持ってきたんだよ。いつもの奴!」
「まぁ、デボラおばさんのパン? これでもう少し外出しなくて済みそうね」
「き、きみの修行の方は順調なのかい?」
 デレックは彼女の言っている事が理解できないのを誤魔化す様に、アンリエッタに尋ねた。
「そうね、アルケミストとしては一人前かな。もう少し頑張ればグランドマスターのお墨付きをもらえるわ。格闘術、瞑想、知性評価も同じ位ね……魔法の方は7サークルが何とか使える程度かな」
 淡々と答えるアンリエッタを見て、デレックは心の中で、自分も頑張る事を決意した。

 数ヵ月後、集落の近辺に2人組の盗賊が現れた。
 住民達は自衛の為、自警団を組織し、これに対抗する事にした。
 自警団の中にはデレックの姿も有った。
 ある日、盗賊と自警団の間で戦闘が行われ、自警団4人のうち3人が死傷、1人は人質に取られるという事件が起こった。
 盗賊側の要求は金貨1万枚、人質の名は……デレック。
 この噂は集落中に広まり、やがてアンリエッタの耳にも入る事となる。
 彼女は急ぎデボラの元を尋ね、集落の決定事項について聞いた。
「金貨1万枚なんて……とてもじゃないが払えないよ。集まったのは5千枚程度さ、それに……」
「それに?」
 アンリエッタは問う。
「奴等はここを去る訳じゃない。またこういう事をしでかすに決まってるさ。今後の事を考えると、要求に応じるのはどうかという意見もあるくらいでね……」
 すっかり憔悴しきったデボラの脇で、アンリエッタは表情を変えずにこう言い放った。
「心配しないでおばさん、私が何とかするわ」
 言うが早いか、彼女はデボラをその場に残し外に出て行った。

 家に戻ると、アンリエッタは買ってきた地図を広げ、それを指でとんとんと叩きながらぶつぶつと呟き始めた。
「ここからそう遠くない所で、隠れられそうな場所……この辺りかしら、あらあら、ふーん」
 唇の端に薄く笑みをたたえ、側にあったペンで地図に印を付けるとくるくると丸め、薬品の瓶が詰めてあるバッグに押し込んだ。
 辺りが薄暗くなる頃、アンリエッタはバッグを身に着け外に出た、力を失いつつある陽光に照らされた顔には笑みは無かった。
 トリンシック近くの2本の川、その北側で熱帯の木はその生育の限界を見る。
 植生の異なる部分を辿り西の方に進むと、程なくして前方に大きな岩山が見えた。ドラゴンヘム山である。
 辿った先の山肌には洞穴がぽっかりと口を開けており、彼女はその入り口が見渡せる茂みに身を隠し、あたりが闇に包まれるのを待った。
 暫くすると、辺りは闇に包まれ、鳥の声は止み、代わりに夜行性動物の吼え声が辺りを支配し始めた。
 彼女は持参した黒色液のポーション瓶に口を付けると、これを一気に飲み干した。
 ぼうっと明るくなった視界を確認する様に辺りを一瞥すると、彼女は再び洞穴の入り口に注意を戻し、何かが起こるのを辛抱強く待った。
 やがて入り口に一つの影が見え、何処かへと歩いて行った。
「食料でも調達に行ったかな?」
 呟きながら彼女は、静かに、しかし素早く移動を始めた。
 崩れかけた入り口から中に入り、あたりを見回すと3つの穴があり、そのうちのひとつ、一番南側の穴からかすかな明かりが漏れていた。
 そして、彼女は躊躇する事無くその穴に向って行った。
 岩陰からそっと中を伺うと、デレックは鎖で縛られており、その脇に鎧を着込んだ男が1人、退屈そうに座っていた。
 *Rel Por*
 呪文の詠唱と共に、アンリエッタは男の前に現れた。男が側の剣に手を伸ばす前に壁際へと押しやり、密着状態で流れるように詠唱を開始する。
 *An Mani - An Mani - In Nox*
 彼女が3サークルの呪文を唱えている間に、男は身に着けていたナイフを握り、彼女の方に突き出した。
 布の裂ける嫌な音がすると同時に、彼女は男の手首を掴み、これをひねり上げた。
 男の手からナイフがポロリと落下し、硬質な音を響かせる。
 彼女が呪文を開放する度に男の周囲に白い霧が発生し、男は徐々に弱っていった。
「何をしている!」
 入り口の方から突然発せられた声に、デレックはビクリとなったが、アンリエッタはどこ吹く風、空いている方の手でバッグをまさぐり、紫色の液体の入った瓶を取り出し、強く一振りすると声の主が居るであろう方向にポイと放り投げた。
 数瞬の後、そこに爆炎と轟音が広がり、地面にたまっていた埃が一気に巻き上げられた。
 彼女はその間も呪文を解放し続け、再び辺りの物が見える様になる頃、鎧の男は既に事切れていた。
 *In Sar - In Bal Nox*
 リーダーと思われる男の口から、聞いた事の無い呪文が放たれるのを聞いてデレックは仰天して叫んだ。
「こいつ! 変な術を使うぞ、気をつけろ!」
 一瞬苦しそうな顔を見せた後、アンリエッタはいつもの薄笑いを浮かべて、その男に言い放った。
「あなた……新し物好き? 私も新しい物は嫌いじゃないのよ。でもね……使えるのと使いこなすのは違うわ」
 *In Vas Mani*
 彼女が4サークルの呪文を唱えると、男はしてやったりとばかりに呪文を唱えた。
 *In Jux Mani Xen*
 アンリエッタと男の間に一瞬、血色の霧が発生した。デレック達はこれにやられたのだ。
「バカが! そのままねんねしな!」
 男は得意気ですらあった、絶対に負けないという自信があるように……。
 アンリエッタは、我関せずといった感じで、男との距離を詰める、一歩、また一歩。
「ペインスパイクでスタミナを奪って、ストラングルの継続ダメージを増やす……ここまでは良いわ」
「お前……何を言っている」
 バッグから赤と黄色の瓶を出し、一気にあおると瓶を男の方に向って投げた。
「これで大体チャラかな? ……ねぇ、ブラッドオースを先に開放しちゃったのはまずいと思うんだけど?」
「俺の痛みをお前にも分けてやろうって言ってるんだ、さっさと攻撃しろ」
 男は気色ばんで、アンリエッタを挑発する。
「もうちょっと分かってる人だと面白かったんだけど、残念ねぇ……」
「血の誓約は一方通行だ、お前が何もしないなら、遠慮なくやらせてもらうぜ!」
 そう言うと、男は攻撃魔法を詠唱し始めた。
 *Kal Vas Fla……*
 *Rel Wis*
 詠唱を妨害されて、男の表情が見る見る険しくなる。
「バカねぇ、7サークルなんて目の前で唱えるものじゃないでしょ? 本当に何も考えてないのね」
 男は焦って、低サークルの攻撃呪文を詠唱し始めたが、アンリエッタはこれをことごとく妨害した。
 *Uns Jux - Des Mani*
「相手が見える所に居るなら、どんなに早い詠唱が出来ても4サークルが限界かな? ねぇ、聞いてる?」
男に余裕は無かった。必死になって低サークルの呪文を探し、そして詠唱を潰される。
「貴方が痛くなければ私も痛くないって事……簡単でしょ? それでも集中を乱す事は出来るわ」
 彼女がそう言った時には、既に2人の距離は格闘の間合いまでに縮まっていた。
 男が状況を理解するより早く、彼女の拳は男の鳩尾を捕らえていた。
「はい、時間切れ! あなた、霊界と通じるのは得意じゃないみたいね」
 麻痺した男をそのままに、再び流れるような詠唱が始まった。
 *Vas Ort Flam - Kal Vas Flam*
 巨大な火柱に包まれ男が悶絶する。それをそのまま壁に押しやり、彼女は詠唱を続ける。
 *An Mani - An Mani...*
 男の喉からは、もはや摩擦音しか出て来ない。
「急激な加熱と冷却って、結構効くでしょ?」
 アンリエッタが言い終えると同時に、男は地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 数週間後、アンリエッタがデレックの元にやってきた、その様子からすると酷くエキサイトしているようだ。
 大きな箱を小脇に抱え、彼女は嬉しそうに喋った。
「ねぇ、聞いて! 私の仮説が証明されそうなのよ」
「仮説……って何?」
「そうねぇ、何から話そうかしら。そうそう、この前の盗賊。彼等は死霊術使いだったのは分かってる?」
「死霊術って、放り投げられた大陸の……?」
「そう! 私、新しい薬品の情報を仕入れに行った事があってね、珍しいから色々見て回ったのよ。それで気が付いたんだけれど、あそこってスケルトンを殆ど見かけないのよねぇ」
 意味が分からないデレックは、ぽかんとしたままだ。
「普通、街の近くには墓地があるじゃない? あそこには墓地らしい物もないし、ブリタニアでは墓地のない所でもあいつ等が居たりするじゃない?」
 言われてみれば確かにそうだ。どう考えても不自然な場所にスケルトンが居る事がある。
 アンリエッタは自分の仮説をデレックに説いた。彼女の立てた仮説はこうだ。
 空に放り投げられた大陸(所謂マラス)に住まう人々は、元々ブリタニアに住んでいた人が大渦などの天変地異によって、そこに強制的に送り込まれた。
 彼らは死んだ後、朽ち果てたその肉体は故郷を慕ってブリタニアに舞い戻るのではないか。
 不自然な場所に現れるアンデッドの類は、彼らの成れの果てではないか……?
 それを証明する為、彼女は件の盗賊の亡骸に例の褐色の液体を振りかけ、辛抱強く各地を調査して回ったのだ。
「苦労したわ、でも報われたみたいよ」
 小脇に抱えた箱をポンポンと叩く。
「ねぇ、私の苦労の成果、見てみたい?」
 デレックの返事も聞かずに、嬉しそうに箱を開ける。
 箱の中には、鮮やかな青に染まったスケルトンが一体、窮屈そうに入り、カタカタと音を立てていた。

 デボラは今日もパンの仕込みをしていた。
 あの事件から3年が経ち、アンリエッタは自身の立てた仮説の証明、そして更なる修行の為ムーングロウに旅立った。
 デレックは、あの事件でのアンリエッタの振る舞いにショックを受けたらしく猛然と奮起し、短期間でグランドマスターの称号を戴き、挙句に「まだ足りない! もっとだ」と言い残し、デボラを置いて首都に旅立って行ったのだった。
 焼きあがったパンを持って集落内を回ると、1つの噂を耳にする。
 MNX(ミナクス)の軍勢がここの西に兵力を集結しているらしい……と。
 また、TB(トゥルーブリタニアン)とCoM(メイジ評議会)は、これに対抗し各々が軍勢を派遣するとも聞いた。
 集落の中では不安が広がり、街に避難する者さえ現れる始末だった。

 デボラが噂を耳にした3日後、集落の東の地点でTBとCoMの軍勢は会敵する事となる。
 この一触即発の危機を回避したのは、両部隊の隊長であった。緊張の走る両陣営の中会談を行い、集落が荒れる事を憂慮し、先に攻め込む権利を、両隊長同士の一騎打ちで決する事を約束した。
 やがて朝日が昇る頃、多数の兵士が見守る中で、戦いは静かに幕を開けた。
 美しいブルーの衣を纏ったCoMの隊長はメイジ、落ち着いた紫色の衣を着けたTBの隊長は戦士。
 詠唱の時間を与えまいと果敢に攻め、素早くダメージを回復する戦士と相手の攻撃をギリギリで躱し、流れる様に詠唱を繋げるメイジ。
 お互いに笑みを湛えたまま、くるくると位置を変え、時に近付き、時に離れ、その戦いぶりは、まるで円舞曲(ワルツ)の様であったという。
 当時の下級士官はこう懐述する。「いつまでも、見ていたかった」と。
 結局、その戦いは日が傾くまで延々と続いたのであった。
 翌日、集結していたMNX軍はTBとCoMの混成部隊に強襲される事となる。
 そして、兵力損耗の欠片も無い混成軍の出現にNAX軍は混乱、部隊は甚大な被害を出して敗退し、前線の後退を余儀なくされた。
 漁夫の利を狙い、スカラブレイ東方に軍を展開していたSL(シャドーロード)軍はこの事態に驚愕し、全軍転進の指令を出した。
 TB、CoM両部隊長の英断により、集落の平静は保たれたのである。
 その後、首脳部の方針と相容れぬ行動をしたとして、双方の隊長は辞任の意を表明し何処かへ姿を消した。
 2人の消息は、杳として知れないという。

 集落にその噂が届いた夜、デボラはパンの仕込みの手を休め戸外に出ると、夜空の一点を見つめてこう呟いた。
「いっちまったのかい……」
 彼女がどこを見ていたか……それは彼女のみが知る事である。

 

The End

 

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