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甘い記憶



1日に何度も砂嵐の吹き荒れるこんなところで、
なぜ“あの人”は暮らそうと思ったのだろう。
仕事を捨て、友人を捨て、母を捨て。
…私を捨て…。

砂嵐が収まったと思ったら、今度は照りつける暑さ。
頭から被っているローブが鬱陶しいが、
これだけは脱ぐわけにはいかない。
ゆらゆらと蜃気楼が見える砂漠を歩いていると、一軒の店にたどり着く。

看板には“オアシス亭”の文字。
中からは野太い話し声がしてくる。
「ここだな…。」

「すまん、寄らせてもらうぞ。」
店の中は体のでかい奴らでごった返していた。
なんとかカウンターのすみに空いてる席を見つけ腰をおろす。
「いらっしゃい、外は暑かったろう。ローブを脱いだらどう?」
店員らしい女が話しかけてくる。
「いや、大丈夫だ、ありがとう。」

「お前さん、ここは初めてかい?」
今度は奥のほうから初老の男の声がする。
「ああ、砂嵐が収まったと歩き始めたら、今度はこの暑さだ。
旅を続けるには辛すぎる。」
この男がきっと…。
「依頼が来てるから早いとこ済ませちまいたいんだがな。
こう暑いと、みんな酒盛りさ。こうなると手におえねえ。」
「ん、依頼とは?」
「うちは仕事の斡旋もしててな。
周りの住人から依頼された仕事を店に集まる連中にやってもらう。
奴らは報酬をもらい、俺は依頼代行料をもらうってことよ。」
「内容によっちゃ、私がやってもいいが。」
「お、来たばっかりでいいのかい?仕事は簡単さ。
最近サソリが増えてきたからちょっとばかり駆除してくれって依頼だ。
報酬はサソリ30匹につき、3000gp。悪くないだろ?
戻ってきたときにはキンキンに冷えたエールを用意しとくよ。」

今の私にとってサソリなど敵ではない。
すぐに駆除し、酒場に戻った。

「いやあ、仕事早いね。ほら、俺のおごりだ。」
一仕事終えた後のエールはうまい。
「お前さん、名前はなんていうんだ?」
「私は…テラとでも呼んでくれ。」
「テラね。オアシス亭にようこそ。」

オアシス亭の主人ハーベイは昼間だけイルナを雇い、
夜は1人で酒場を切り盛りしている。
やがて、私は酒場を手伝うようになった。
残された時間…近くにいるために…。

「なあ、テラ。手伝ってくれるのはうれしいんだがよ。
そのローブをぬぐってのはどうしてもダメか?」
私が何度となくハーベイから言われた言葉。
「ローブを着たままでもよかろう?身なりはきれいにしているぞ。」
「接客なんだからよ、顔が見えるようにせめてフードを取るとかよ。」
「店に来る野郎どもは、男の顔を見せられて喜ぶはずがないだろ。」
「男の顔か…。」
ハーベイはそれ以上何も言わない。

慈悲のアンクが近いここでは、時おり祈る者を見かける。
何を祈るのだろう。
愛なんて存在しないのに。

砂嵐が一際ひどく、珍しく客が来ない。
「こんな日もあるんだな。」
「まあ、奴らも家族がいるからな。
こんな天気の日くらいは家で家族といるのがいいさ。」
そう言いながら、ハーベイは奥のほうでなにやら料理をしている。

「…ハーベイには…家族はいないのか?」
包丁を持った手を止め、カウンターにいる私の方を振り返る。
「いる…と言いたいが、でもそう思ってるのは俺だけだろうな。」
「…どういうことだ?」
今度は私に背を向け、手を止めずに話し始める。

「俺は昔、騎士だったんだ。いい仲間とめぐり合って、共に訓練してな。
たまにはチェスやバックギャモンで賭博もしたから、
真面目な騎士ではなかったけどな。
いざってときは国のために戦うんだ。そう言われながら訓練してきた。
山賊が現れたら退治に行き、道に迷った者を護衛し送り届ける。
そんなことばかりだったから平和な街だったんだけどよ。
…でもな、あるとき思ったんだ。俺が一番守りたいものはなんだ?ってね。」
コトコト何か煮込んでる音がする。
少しずつ漂ってくる甘い、いい香り。

「ある日、モンスターが街を襲ってきたんだ。
ものすごい大群で、街は火の海。
騎士たるもの、街を守るために戦わなきゃいけない。
でも…俺は逃げたんだ。
家族を連れて。
妻と小さい娘を連れて、街には目もくれず、仲間が戦っているというのに…。
逃げて逃げて逃げて…私は妻と娘と別れた。
騎士の誓いをやぶった俺といても、不幸になると思ってな。
今思えば…例えなんと言われようとも、家族一緒にいたほうがよかったのかもなあ。
でも、あのときは守りたいと思うからこそ、別れなければと思ったんだ。」

オーブンから何かを取り出す音がする。
「で、なんとなくこの地に住み着いちまった。」
そう言いながらハーベイは皿に何かを盛って来た。
「これ、喰ってみろよ。」
そう言って差し出されたのは…アップルパイ。
「うちの娘はアップルパイが大好きだったんだ。
それもリンゴをとびきり甘く煮たやつ。」
…サクッ
さくさくのパイの中からとびきり甘いリンゴの味。
「これ…甘ったるすぎるよ。」
「いいんだよ、うちの娘が大好きだったんだから。
ときどき無性に作りたくなるんだよなあ。」

「砂嵐がやんできたな。」
ハーベイが窓の外を眺めながら呟く。
二つの月の光が砂に当たってキラキラしている。

「ハーベイ…。私の時間がそろそろなくなってきたようだ。
私は…騎士になるんだ。」
ハーベイは、ずっと窓の外を見ている。
「そうか…。お前ならやれる。
きっと辛いだろうし、困難もあるだろうが、お前ならやれるさ。」
そう言ってくれると思ったよ。

「イルナや他の奴らによろしく。私は…もう行かなければ。」
立ち上がる私に、ハーベイがやっと振り向く。
「テラ…。最後に…その…ローブを脱いで顔を見せてくれないか。」

だめだよ、それを言っちゃ。
もっと別れが辛くなる。

「・・・それは…。」
「…悪い。…俺はここにいるから。何かあったら必ず来い。」

「ああ。世話になったな、ハーベイ。」
もう、その言葉だけで充分だよ。

風のやんだ砂漠の中、月明かりを頼りに歩く。
「…本当に甘いな。」
甘ったるいアップルパイ。
乾いた心を癒すような甘い香り。
心にあるのは3人で食べたアップルパイの記憶。

 

The End

 

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