――今日はお招きいただきありがとうございます。
先生の研究話を聞かせていただけるということで来たのですが、どのような話しなのでしょうか?
それは……その、記事になるような研究なんでしょうか?
「なんじゃ、おぬしは名乗りもせずにわしの研究を聞こうとするのか。
しかもわしの長年の研究を記事になるのかどうかだけで判断しようとするなど、失礼な奴じゃな」
――す、すいません。
僕はご連絡いただきました新聞社で記者をしております。
編集長が聞いて来いと言うので……。
「ふん、わしは編集長に直々に来いと手紙を書いたはずじゃが。
まあ、よい。おぬしのような若造にもわしの研究が世界的に重要なことはわかるじゃろう」
――は、はぁ。では先生の研究とは何のことなんでしょうか。
「ばかめ、おぬしは本当に新聞記者なのか?話の持っていき方というのが全くなっておらん。
こういうのはな、まずは最初のきっかけやら困難をどう乗り越えたのかという受難の日々を聞き出していくのが筋じゃないのか?」
――は、はい。
「ふふん。
おぬしはこの家にはあるものが足りないと思わないか?普通の家にあってわしの家にはないものを見つけられるか?」
――普通の家にあってこの家にないもの、ですか。キッチンもあるし、ベッドもある。テーブルもあるし、本棚もある。
生活感が少し薄いのは研究者の家らしいとも言えますし、少しちらかってるようには見えますが、普通の家だと思いますよ。
「記者にしては観察眼が足りないの。扉じゃよ、扉。わしの家には扉が一切ないんじゃ」
――あー、確かにこの部屋に来るまでに扉は一切ありませんでしたね。テレポーターで家の中に入ったら、あとは部屋の区切りがほとんどない。
でも最近はそういう家多いですよ。扉をいちいち開けるの面倒くさいですもんね。
「近頃そういう輩が増えているのが問題なのじゃ。やつらの存在を全く感じない輩が多すぎる」
――なんの存在ですか?
「それはな、扉の悪魔じゃよ」
――とびらのあくま?
「そうじゃ。例えばじゃ。扉を開けようと思ってるのに、開いたと思ったらすぐに閉じたという経験はないか?
それを繰り返して通りたいのになかなか通れない、そんなことが起きたことはないか?」
――確かにありますねえ。
「例えばじゃ。扉を開けようと思った何万分の一秒先にドアが開いてるという事実に気づいたことはないか?」
――まさか。扉は自分で開けてますよ。
「おぬしは鈍いな。扉はな、自分で開けてると思わせといて、実は扉の悪魔が開けとるんじゃ。
扉の悪魔は世界中の扉に潜んでおる。人が来て、扉を開けようとすることより先に扉を開けることを生きがいとしている奴らなんじゃ」
――扉を開けてくれるなんて良いじゃないですか。そんなことしても自分の利益にならないのに。
「はぁ、若いもんは利益ばかり考えよる。全ては優越感のためじゃよ!
人の一歩先の行動を読んで先に扉を開ける。それも自分の存在を誰にも気づかれないように、それが奴らの使命なのじゃ」
――じゃあ、先ほど言っていた開いたり閉じたりの原因はなんですか?いたずらかなんかですかね。
「奴らにもプライドがあるのじゃよ。何万分の一秒先にドアを開けるというのは、人には真似できない技術が必要なのじゃ。
奴らはプライドと使命感でできておる。だから、万が一にも人にドアを開けられてしまうと多大なる屈辱を感じるのじゃ。
先にドアを開けられたときは、通さないようにすぐにドアを閉める。
人はおかしいと思って、またドアを開けようとする、その瞬間を狙って悪魔は先に開ける。
そこで成功すればそのまま通すが、また失敗して人にドアを開けられたら悪魔はすぐにドアを閉めるんじゃ」
――うーん、じゃあすんなり扉を通れるのは悪魔のおかげ。通れないときは、僕が悪魔に勝ったときというわけですか?
「そうなるの。失敗のほとんどは新米の悪魔じゃ。熟練の技が必要じゃから、最初は失敗も多いんじゃろうて。
もっと熟練した扉の悪魔になれば、わしらのような者の家ではなくもっと重要なポストにつくのじゃ」
――家以外に扉があって重要そうな場所ですか。人が多く集まるような銀行やお店とかかな。
「悪魔にも性格によって違いがあるようでな、よく利用される店には働き者の悪魔がついておる。
いちいち人に負けてたらやってけないから、すばやく開ける技術はピカイチなんじゃろう。
しかしじゃな、花形と言えば欲望渦巻くDoomじゃよ」
――Doomなら僕も行ったことがありますよ。5つのモンスターが沸く部屋があるところですよね?でも街よりずっと暇そうですよ。
「あそこは奇妙なルールがあってな、部屋の中にモンスターが沸くとき扉の色が変わるのは知っておるか?あれも扉の悪魔も技なのじゃ。
扉の開け閉めだけではない能力が必要とされる特別な場所だから、エリート中のエリートの5人が憑いておるのじゃよ」
――あんなところにもいるってことは、世界のどの扉にも悪魔はいるんですか?例えば僕の家の扉にも?
「もちろん。このことは、ブリタニアの王室もずいぶんと前に気づいておることじゃ。意図的に扉をつけていない場所があるのに気づいておるかね?」
――うーん、ぱっと思いつきませんが……。
「おぬしは本当に新聞記者なのか?観察眼もなく、探究心もないの。
例えばじゃ。例えば、学者たちのライキュームは開けっ放しじゃろ。
それにムーングロウの魔術師たちが使うパプアとの入り口など重要な場所は、魔方陣から飛べるようになってるところも多い。
それに、ニュジェルムパレス。ああ、おぬしは結婚はしているのか?」
――い、いえ。相手もいませんし……。
「そうか、人生一度は結婚しておくと良いぞ。まあ、おぬしのような観察眼のないやつが女性の心を掴むには相当な困難が付きまとうと思うがの。
ニュジェルムパレスで結婚式をあげることがあれば、一箇所テレポータがついている場所に気づくじゃろうて。新郎新婦が登場するときに使うものじゃ。せっかくの結婚式を扉の悪魔に邪魔されないようにという、ニュジェルム牧師斡旋所の計らいじゃよ」
――先生が扉の悪魔の存在に気づいたのはいつ頃ですか?
「昔はわしも扉のある普通の家に住んでおった。何日も部屋にこもって別の研究を続けていたときにな、ある日扉のほうから視線を感じたのじゃ。わしの背中をずっと見て、扉を開けろという視線が」
――それが扉の悪魔だったと。
「最初は気のせいだと思って気にとめてなかったのじゃが、悪魔のほうもなかなか動き出さないわしにしびれを切らしたんじゃろう。
だんだんと行動が大胆になっていってな。わざと音を出したりするもんじゃから、さすがのわしも気のせいで終わらすことができんかった。
目に見えない何かがわしの家にいる。扉のあたりからわしを睨む何かの存在を調べ始めたのはそれからじゃ」
――調べようにも何から調べればいいか見当もつきませんね。
僕ならきっと気のせいだろうって、それで終わらせちゃうだろうな。
「うちにいた扉の悪魔は一度だけわしに姿を見せたのじゃ。音を立てても気にしないわしに気が緩んだんじゃろう。
扉のほうをみるとうっすらと姿を現していることに気づいたんじゃ。」
――見えたんですか!
「しっかり見たのは一瞬じゃった。しかし今でもその姿は目に焼きついておる。
背格好は扉の半分もなく、二本足で立っていた。前足は短く、背中に小さな羽根があり、飛んでやっとドアノブに届くくらいでな。
真ん丸のギラッと光る目でわしを睨んでおった。その後わしはすぐに扉を取り外して、その悪魔を追い出したのじゃよ」
――僕絵が得意なんですよ。先生の言うとおりに絵を描いてみたんですがこんな感じですか?
「ほう、見せてみろ。む、羽はそんな妖精みたいなもんじゃなくて、こうもりみたいな黒っぽい羽じゃ。
体はでっぷりとして、目はもっとぎょろぎょろした感じじゃ」
――少しモンバットに似てますね。でもこんなのが家の中にいると思うとちょっとわくわくするな。
「まるで目玉焼きが二つ並んだような目じゃな。よくそれで絵が得意などと言えると逆に感心するわい。
わしの家にいたのは、もっと見た者に恐怖を与えるような姿じゃったぞ」
――だって見たことないんですから、しょうがないじゃないですか。先生も見たのは一度だけなんですよね?
「じゃが、近々もう一度見ることができそうなんじゃ」
――どうしてです?また家に扉をつけるんですか?
「どうやら、悪魔達が集まる場所があるようなんじゃ。そこに行って動かずに待っとれば、悪魔達の姿を見る事ができるじゃろう」
――それはどこですか?いつ行くんですか?
「実は今日旅立つのじゃ。どうじゃおぬしも一緒に行かぬか?実はそのために呼んだんじゃ。自分の目で真実を見たいとは思わんか?」
――僕も行きたいです!あ、でもまずは編集長に話さないと。
「そんなものあとでいいじゃろ。本物を見て帰れば大スクープじゃろうて」
――そうですね。僕は、歴史に残る記事を書くんだ!さあ先生行きましょう。どこですか?見えるようになるのになにかコツはあるんですか?
「扉をじっと見るんじゃ。扉を開けるときに様子を観察するんじゃ。
やつらも賢いからなかなか姿は現さないが、世界にある無数の扉のそれぞれにやつらは必ずいる。
うっすらと影のような扉の悪魔たちは必ずいるのじゃ」
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