俺は卵が嫌いだ。
なんだあの生き物のモトは。黄色い玉を包んでいる透明のどろっとしたのはなんだ。
黄色とどろっとを繋いでいるカラザとかいうのはおぞましい。
白い斑点、杯盤、受精卵・・・気持ち悪すぎる。
おまえら、あれをありがたそうに栄養満点とか言って喰うんじゃねぇ。
あれはもともと生き物のモトなんだぜ?生命のモトとか・・・ざわざわしねぇのかよ。
黄色とどろっとを包んでいる殻とか、素手で触るんじゃねぇぞ。わけのわからねぇ菌がうようよいるんだ、最悪だ。
──俺はそんな卵が大嫌いだ。
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「わぁ!見て見て〜〜!黄身が2個!」
俺のとこに駆け寄ってきた君は、はしゃいでそう言ってフライパンの上に割られたアレを見せる。
しかめっ面をしたまま目をやると、確かに黄身が2つ・・・
──おいおい勘弁してくれよ。
これを俺に喰わせようってのか。
いらねぇよ・・・とかろうじて口から出た俺の言葉に君は訝しげに返す。
「あはは!遠慮しなくっていいんだよ!ラッキーエッグ!幸運はあなたに あ・げ・る!」
鼻歌を歌いながら君はフライパンを火にかける。
「サニーサイドアップ? それともターンオーバー? 焼き加減はいかがいたしましょう!」
おめぇは目玉焼き専門のシェフか……
俺が返事しないでいると、君は何を察したのか明快に答える。
「うぃ! むっしゅー! ターンオーバーウェルダンで!」
こうやって、俺の憂鬱な朝が始まる。
君のことはとても大好きだ。
かわいくって優しくって、俺のことを一番に思ってくれる。
だからこそ俺は、君にプロポーズした。
君は俺の気持ちを受け止めてくれ……俺達は間もなく結婚式を挙げる。
だけど、一つ憎むべきことがある。許せないことがある。
それは君が卵を、目玉焼きを、毎朝毎朝俺に喰わせることだ。
手早く作れて栄養価が高いとかなんとか知らねぇが、なんでよりによって卵なんだ、目玉焼きなんだ。
俺のことを試しているのか?
俺に対する挑戦か?
俺の愛を信じられないのか?
俺を滅入らせたいのか?
俺に嫌がらせしているのか?
……もちろんそんなことはない。
君は知らないだけなのだ。
俺が卵を嫌いなことを。
でも、俺は告白できない。
君の失望する顔を見たくなどない。
君は毎朝せっせと芸術的なまでに完璧な目玉焼きをこしらえてくれるし、作っている君の姿は朝日を浴びて神々しいまでに美しいから。
それを壊すことなどできない。
そう、あの日までは……
ある日俺は朝食を早々に済ませ、いつものように狩りに出かけた。
狩りとはいっても街中から外れた森で、動物を狩り肉を取り、皮をはぎ、金に換える。
それだけのことだ。
鹿や牛、時折出てくる雑魚を剣で倒していく。
その日の狩りも順調で、いつしか俺のバッグには入りきらないほどの肉や皮がたまってきていた。
バッグを引きずって店へ行くのはみっともないので、俺は体が十分動ける量で止めるようにしている。
そろそろ止め時だと感じ、俺は歩みを街へと向けた。
その時である。
茂みの向こうで*キキッ*という鳴き声がしたのは。
──モンバットだな……雑魚が。
と俺は一人ごち、剣を構え茂みに向かった。
すると、茂みから現れたのは普段目にするのとは一回り違うモンバットだった。
──こいつ・・・腹がでかい!
目が合った瞬間、モンバットらしからぬ速さで俺に襲い掛かってきた。
*くっ・・・!*
ダメージを食らう。ありえない。モンバットが俺に切り傷を・・・!?
剣を構えなおしすぐさま切りかかろうとするが、ヤツのほうが速かった。
*!?*
俺は背後をとられ、唖然とする。こいつ……本当にモンバットか!?
肉と皮で雑然とするバッグから慌てて包帯を探す。
──あった!間に合うか・・・!?
俺は包帯を巻きながら必死で間合いをとり、ヤツの攻撃が届かない距離まで後退する。
*ハァハァ……*
肩で息をしながら、俺達は睨み合う。
俺の傷が癒えたことをヤツは感じ取ったんだろうか。
この間合いからじりじりとタイミングを窺っている。
俺は獲物を剣から弓に替え、背中の矢筒に手をそっとかけた。
ぎりぎりと弦を引き、狙いを定める。
*シュンッ!*
射止めた!・・・殺った・・・のか・・・?
俺は近づき、動かなくなったヤツを確認する。
そして、いつも雑魚の死体を漁るようにヤツの棺おけを開ける。
*こ、これは・・・っ!*
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「おかえりー!今日はどうだった?いっぱい稼いできた?」
家に戻ると、変わらぬ笑顔で君が迎えてくれた。
俺は返事の代わりに稼ぎを渡す。
「わぁ! いつもより多いね!ご苦労様でした。……あ、あれ?この包みはなに?た、卵・・・?」
俺はだまって頷く。
「これ、普通の卵より大きいじゃない! これで目玉焼き作ったら・・・わぁ! 私ワクワクしてきちゃった!」
君の視線は卵から離れない。
俺の視線も君から離れない。
君はゆっくりと尋ねる。
「でもこれ・・・なんの・・・卵なの?」
俺は答える。
最高の笑顔で答える。
「モンバットのさ」
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それ以来、君は目玉焼きを作ることはなくなった。
卵の「た」の字も出てこない。
俺は毎朝、焼きたてのパンとボールいっぱいの豆をほおばり腹を満たす。
平穏な日々。
満ち足りた日々。
結婚式では多くの人に祝福をもらった。
牧師は俺達に誓いを封じた指輪をくれた。
だけど、僕は完璧な目玉焼きを作る美しい君を二度と見ることはできなくなった。
それでいい。それでいいんだ。
目玉焼きより丸い君の両の瞳が俺を見つめてくれているから。
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