Wondering Healer
Colette's Essay “Harappa Burari”
冒険者の方々を蘇生する仕事をしていると、時代の流れというものを敏感に感じる事がたまにある。
つい先日、こんな事があった。
その日もいつもと変わらず天気の良い日で、一人の幽霊が私の所にやってきた。
あっちの世界から戻してみれば、どこの頭の悪い床屋が染めたのかというような髪の色をした、若侍らしき色白の男の子だったのだが、その場で髪の色にも負けない派手な色の鎧や服を取り出し、
「あ〜あ、死んじった〜」
などと、なんとも気の抜けたエールのように呟いて、夜のお勤めに満足した若旦那のように、それらをのんびり着始めていったのだ。
ここがまず変わった。
一昔前ならば、自分の身体がこっちに戻った瞬間、それはもう畑から飛び出したヴォーパルバニーのように駆け出し、自分の持ち物が転がっているであろう場所に素っ裸で向かっていったものであった。
聞いた話によると、あの頃は早く戻らなければ持ち物が消失してしまっていたらしいのだ。
まあ、のんべんだらりと着替えていたせいで持ち物が消えようと、私の知るところではないのだからいいのだが、粗末なモノだけはさっさとしまった方がいいと思うのである。嫌いではないが。
粗末と言えば、男も男なら女も女である。
昨日までよちよち歩きしていたような小走りの走り方から、遠くから見ても女だと判った二人組みの幽霊がこの前やって来た。
毎度のように蘇生してみれば、
「うっわー、スカートねーし!」
「マジで? 保険かけとけっつーの、アッハハ」
と、布切れ二枚で我が身を覆った姿で、そんなやり取りを目の前で繰り広げたのだ。
傍を通りかかった人間は皆、「どこの僻地のUMAがやって来たんだ」といったような、驚きと好奇の眼差しで見ていく。
彼女らも、「あに見てんだよ!」と悪態をつく。
なんとも躾の行き届いていないUMAである。
『あなた達、見られるのが嫌なら木陰で着替えなさいな』
と物申してみれば、
「うっせー野良ババア」
と、返される始末。犬じゃあるまいし。
仕舞いには、皮ブラと素足のままでぺたぺたと、街の女衛兵のような格好で走って行ってしまった。
もう何か、以前の女性にあった「慎ましさ」というものが、何か間違った方向に進化してしまったような気すらしてくる。
それはもう「はしたない」を通り越して「きたない」のであった。
◇◇◇
しかし、時代の流れというのは冒険者だけに限った事ではなかったりする。
この治療人業界も、以前に比べ物騒になったものだ。
同僚のK子さん。彼女は【赤い名札】付きである。
【赤い名札】というのは、過去に殺人を犯してしまった者を総じて呼ぶところから付けられたのだが、「札付きのワル」とはよく言ったものだ。
プライバシーの関係で多くは語れないのだが、ある冒険者を蘇生してあげたところ、急に襲われそうになったらしい。
そこで彼女、若い頃にレスリングを習っていた経歴があったので、思わず反射で手が出てしまったそうな。
"頭で考えるより手が先に出るのは、酒場の男達とオーガぐらいなものだ"
と常々思っていた私に、彼女自らが「そうでもないぞ」と証明してくれた。
なかなか実践派な同僚である。
生き返ったばかりのヘロヘロの足腰の若造が敵うはずもなく、彼はまたあっちの世界に舞い戻る羽目に……。
という事があったので、K子は赤い名札を付けているというわけだが、何やらここ最近、赤い名札の治療人ばかりを狙った辻斬り……いや、この呼び方はいささかアナクロか。
通り魔殺人が起きているのだ。
「私ら、仕事の最中はお金は持ち歩かないから殺しても仕方ないのでは?」と思っていたのだが、以前、ミノック地方に配属された際に、そこのギルド長からこの話を聞かされて驚いた。
この一連の通り魔殺人は、「過去の償い」として赤い名札の治療人だけに持たされている「地図の断片」を狙った犯行だとの事。
わたしゃ驚いたね。
人の出したムーンゲートに入ってみたら出た先が孤島で、そのまま置いていかれた時ぐらい驚いたね。
たまたま手が出ちゃっただけで償いとか言われてちゃ、あんたこの業界で働こうって人間いなくなるよ。
ただでさえ人員不足で、一人の受け持ち範囲がまた最近広げられたって言うのに――。
給料だって……っとと、ここからは単なる私の愚痴か。
兎にも角にも、K子からいつ連絡が途絶えてしまうか心配ではあるが、地図の断片が決まりである以上、彼女はそれに従い、今日も懐にそれを忍ばせているのであろう。
願わくば、彼女のそれを故意にしろ過失にしろ手に入れてしまった者は、誤射で死んでしまった若造の為にも、せめて有効に使って欲しいものである。
◇
しかしながら、放っておいても時は経ち、気がつけば新たなルールがいつの間にか確立されてしまっているという世の中。
「どうついて行くか」よりは、「どう生きていくか」という考えでいた方が長生きするのかもしれない。
それはまるで、一頭の荷ラマがバッグを捨て去り、一頭のラマとして生きていくような事に似ている気もした今日この頃である。
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