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賽は投げられた!



「こっ、この人でなしめっ!地獄に堕ちろーっ!」

 あーあー、泣きながら走っていって。
 転んでも知らないぞー。
 家に帰ってカミさんに何て言い訳するんだろな。
 テーブルの上に散らばったコインを片付けながら誰に言うともなく俺はそう呟いた。

 俺の名はAntony。旅をしながら各地の酒場で雇われディーラーをしている。
 まあ、平たく言えばバクチ打ちだ。
 今はブリテインの酒場「The Cat's Lair」で厄介になっている。

 色々な街を廻ってきたが、やはりブリテインが一番商売になる。
 何と言っても客の数が多く、しかも金を持っている奴らが多いからたった一回の勝負でもボロ儲けだ。
 さっきの客もブリテインでは名の通った戦士らしい。
 日頃は隊商の護衛やら北の墓場に巣食う不死者退治やらでかなり稼いでるそうだ。
 まあ、もっとも俺との勝負で今日の稼ぎはそっくりそのまま俺の懐へお引越ししちまったようだが。

 博打というものはいいもんだ。何と言っても誰も傷つかない。
 危険を冒す必要もないし、サイコロ一つですべてが決着する。
 どれほど屈強な戦士様だろうがお偉い魔術師様だろうが
 出た賽の目には逆らえない。
 もちろん、俺のように一流の勝負眼と相手の心理状況を見抜く観察眼が無いと務まらないだろうがな。

「なかなか調子が良さそうね、Antony。」
 さっきの客が散らかした後片付けが終わったのを見計らったかのようにこの酒場の主、Juliaが声を掛けてきた。
 俺がこの酒場を気に入っているもう一つの理由、それがこの女主人の存在だ。

 吸い込まれそうな深く黒い瞳に腰まである艶やかな黒髪。
 妖艶な雰囲気でありながら、少女のような快活さも持つミステリアスな魅力に魅せられた男達も多いことだろう。
 無論、俺もそんな男達の一人なんだが。
「ああ、今日はかなりいい商売になってるな。特にさっきの戦士はボロかったぜ。ちょっと最初の方で勝たせてやったら、ドンドン金を突っ込んできやがる。俺が『そろそろ止めた方がいいぜ』って言ってやってんのに、『ここで引き下がったら、戦士の名折れだ!』って結局有り金全部吐き出しちまいやがった。全く、戦士様っていうのは皆ああいうものなのかねぇ。」
「ふふ。戦士だけに限らず人間というものはすべて自分が見たいと思うものしか見えない生き物なのよ。もちろん、貴方や私もね。」
 ……また始まったか。いい女なんだが、
 時々小難しい事を言いやがるのが玉に瑕だ。
 何でも昔ライキュームの学者だったとかいう噂もあるが、詳しい事は分らねぇ。大体偉い学者先生がこんな酒場で働くもんかねぇ。
 俺がややしかめっ面になったのを見ると、Juliaはころころと笑った。
「うふふ。ごめんなさいね。年を取ると少し説教臭くなってしまうわね。閉店まではまだ時間があるから、もう少し頑張ってね。」
 そういうとJuliaは別の客の所へと行った。
 年を取ると、って言うがあの女主人の年齢はよく分らねぇ。
 本当のトシはいくつなんだろうな。

 そんな事を考えていると、目の前に一人の少女が現れた。
「あ、あのっ、すいませんっ!」
 うん、何だ?見れば年の頃は10代の半ばかそこらか。
 優しげだが意志の強そうな瞳でこっちを見つめている。
「おいおい、嬢ちゃん。ここはお花屋さんじゃないぜ。お使いなら店をよく見て入りなよ。」
「いえ、違います。お花屋さんに行きたいんじゃありません。」
「じゃあ、楽器屋か?嬢ちゃんならハープ辺りが似合って…」
「違います!私、勝負に来たんです!」
「…あー、嬢ちゃん。悪いが俺はプロのディーラーだ。つまりこれで飯を食ってる身分だぜ。嬢ちゃんの遊びに付き合ってる暇は無いんだよ。」
 もうすぐ店じまいだしな。Juriaの酌で一杯やりたいんだよ。
「待って下さい!お金は無いけど、これなら!」
 そう言うと少女は懐から指輪を取り出した。
 見れば銀細工になかなか凝った意匠である。
 これなら10,000GP分くらいの価値はありそうだな。
「いえ、その指輪で100,000GPの勝負をして欲しいんです!」
 思わず俺は指輪を落としそうになった。
 阿呆か、このガキ。俺が思わず怒鳴りつけそうになったのを見てか、少女は自分の身の上を語り出した。

「私の家はブリテインで代々続く宝石商でした。もちろん父も宝石商を営んでおり、経営は順調でした。しかしある日、新しい鉱山を採掘に行った父が突然現れたブラッドエレメンタルに殺されてから、生活は一変しました。父の商売の後を継いだ叔父が悪い業者に騙されて店は破産。叔父は姿を晦ましてしまい、母は失意の内に亡くなりました。残されたのは母の形見のこの指輪と多額の借金だけ。明日に迫った借金の返済をしないと、私は…」
 なるほど。それで若い身空でそれだけの金が必要なのか。

「アンタの事情はよく分かったよ。しかしさっきも言ったが、俺はプロのディーラー。アンタのその指輪は精精10,000GPの価値だ。100,000GPの勝負をするにはいささか足りねえ。」
 少女は俺の話をご神託を聞く巫女のような表情で聞いている。
「そこで相談だ。アンタ自身を賭けるなら、勝負を受けてやってもいいぜ。」
 そう言うと、これまで気丈に振舞っていた少女の顔がやや蒼ざめたようだ。
 そりゃそうだろう。少女とは言え、もう子供とは言えない年齢だ。
 俺の言葉の意味を正しく理解出来たのだろう。
 まあ、これで大人しく引き下がってくれればいいんだが…。
「分かりました。その条件でお願いします。」
「本気かい?俺の言っている意味を分かってるんだろうな」
 俺は思わず念押ししてしまった。
「もちろんです。正直怖いです…。でもこうしないと勝負を受けてくれないんでしたら私、何でもやります!」
 …しまった。どうやら後には引けなくなっちまったようだ。

 俺は改めて少女を見る。
 白金に近い透き通るような金髪。抜けるように白い肌。
 整った顔立ちはあと5年もすればブリテイン中の男達が放っておかない程、魅力的になる事だろう。

 ただ、勝負は勝負だ。それも100,000GPもの大勝負だ。
 たとえどんな事情があろうとも、俺も負ける訳には行かねえ。
「よし、嬢ちゃん。勝負をしてやろう。ルールは分るかい?」
「いえ、こういう所に来るの初めてなんで…。教えて頂けますか?」
 まあ、そうだろうな。アンタどう見てもいい所のお嬢さんだもんな。
 こんな所に出入りしてる訳ないだろうからな。
「ルールは簡単だ。サイコロ2つを振って合計で21に近い方が勝ちだ。何回でも振って数字を足していけばいいが、22を超えるとアウトだ。特別ルールとしては、11,12の出目は10に読み替える事。2,3は出目以外にも11と読み替える事が出来る事。2回振って21になったら『Black Jack』と言って、嬢ちゃんが無条件で勝ちだ。簡単だろう?」
「ええ、何となく分りました…。」
 何となく、か。まあ、最初だからそんなもんだろう。
「じゃあ、嬢ちゃんから振りな。俺は後からだ。」
「はい、分りました…。」
 サイコロを渡してやると少女は真剣な面持ちでサイコロを手にし、祈りを捧げるように小さな拳を握り締めた。
 いや、本当に祈っているようだ。小さな唇がしきりに動いている。
「お父さん、お母さん、どうか私に力を貸して下さい…えいっ!」
 サイコロが卓の上を転がった。4と6だ。
「10だな。続きを振るかい?」
「ええ、お願いします。」
 再び少女が祈りを始める。普段ならこういう手合いには茶々を入れたくなるんだが、何しろ相手は子供だ。
 それも生きるか死ぬかの大勝負を挑んで来てるんだ。
 少しくらいは多めに見てやってもいいだろう。
「えいっ!」
 祈りを終えた少女が再び賽を投げた。サイコロの一つはすぐに止まり、2の目を上にした。そしてもう一つのサイコロは…
「やった!これって私の勝ちなんですよね!」
 賽の目は1と出ている。俺が振るまでもなく、少女の勝ちが決定した。
 バカな、そうそう出るようなもんじゃないぜ。しかもこの大勝負でかよ…。
「ありがとうございます、お兄さん!これでお店が救われます!本当にありがとう!」
 少女は立ち上がると俺に抱きつき、俺の頬に口づけをしてきた。
 うわ、何のつもりだ。
「ふふ、これはお礼です。じゃあ、私もう行きますね!」
 そういい残すと、少女はコインを抱えて小鳥が羽ばたくような軽快な足取りで姿を消した。

「お疲れ様。今日は大変だったようね。」
 ふと見上げると、Juriaが目の前に立っていた。
 辺りを見渡すと既に俺とJuria以外には誰もいない。
 気付かない内に店じまいになってたのか。
「何だ、見てたのか。まあ、最後の大勝負は流石に疲れたな。でもあの嬢ちゃんも店も自分も手放さずに済んだし、俺もトータルで見れば儲かってるんだから、良しとするさ。ま、この夏ニュジェルムのビーチで美女と戯れながら休暇を取る夢はふいになっちまったがな…って、何笑ってるんだよ。」
 俺の話を聞いていたJuriaはいつもの落ち着いた物腰からは想像も尽かない程、笑っている。
「うふふ、ごめんなさい。さっきのあの人はね。『8枚舌のOctavia』って通り名で貴方のように旅の人を騙して金品をせしめる有名な詐欺師なの。特に博打でのイカサマはお手の物で、何人ものディーラーが騙されたわ。」
 何だって!あの世慣れない様子は演技だったのか!
 じゃあ、もしかしてあのサイコロを握り締めて祈ってたのも…
「ええ。Telekinesisの魔法で賽の目を操作してたの。お祈りは魔法詠唱を誤魔化す為の演技ね。」
 畜生、俺とした事がそんな下らないイカサマで騙されちまうなんて。
 子供だと思って油断してたのか。
「流石、首都ブリテインだ。あんな子供が詐欺師だなんて、本当に一筋縄では行かない奴らばかりだぜ。」

 そう言うといよいよ可笑しかったようで、Juriaはついに腹を抱えて笑い出した。
「あはは、本当にごめんなさい。じゃあ、教えてあげる。あの人ね。この街一番の長老がまだほんの子供だった頃から既に有名な詐欺師だったそうよ。長命なエルフ族の末裔らしくて見た目も全然変わらないんですって。」
 じゃあ俺は百歳以上の婆さんにキスされて喜んでたのか!
 畜生、俺の100,000GP返しやがれー!
「だから言ったでしょ。人間は自分の見たいものしか見えない生き物だ、って。だからこそ人間は面白いんだけどね。」
 そう悪戯っぽく笑うとJuriaは俺のいる卓から離れ、最後の店じまいの準備を始めだした。

 

The End

 

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