彼女は優秀な生徒だった。
魔法の授業だけでもボクにはやっかいだったが、近年ネクロマンシーの授業が追加され、ブラッドオースやペインスパイクなどの実習も積まなければならなかった。
皆が苦戦する中、彼女はいつも優秀な成績を修めていた。
ボクはいつも彼女に憧れ、彼女が優秀なリッチになると疑わなかった。
だから卒業間近になって彼女が悲しそうな顔をするようになったことが不思議でならなかった。
ボクは元気の無い彼女を励まそうとした。
「大丈夫だよ。君なら立派なリッチになれるよ」
ボクはちらりと彼女を見た。
彼女は白く長い髪に顔を埋めてしくしく泣いていた。
彼女は一人でリッチになることが心細いのかもしれない。
「大丈夫。ぼくも君と……」
一緒に行くよと言いたかったが、自分の成績を省みるととても口に出してはいえなかった。
だけど彼女は首を振った。
「違うの……。私リッチになりたくない」
ボクは驚いて彼女の袖をひっぱり通路の影に隠れた。
そんなことを聞かれたら周りに何をされるかわからない。
「だ、だめだよそんなこと……」
ボクは言葉に詰まった。
リッチになることに疑問を持ったことが無かった僕には彼女の心理は全く理解できなかった。
「そりゃぼくたちがドラゴンの子供だったりしたらドラゴンになれるかもしれないけど、それだってドラゴンの子どもがドラゴンになりたくないなんて思わないと思うよ。それに今更そんな事言ったって……」
ボクは困った。彼女はどうなるんだろう。
周りにリッチになることを拒んだ生徒がいただろうか。
「そんなこと先生やみんなに知られたらリッチになるより嫌なことになるよきっと。それになりたくても成れない人もいるんだからそんなこといったら贅沢だよ。ほらボクみたいに落ちこぼれだとさ。卒業できるかだって心配だよ」
ボクはなんとか困ったように笑うと彼女はやっと小さく微笑んだ。
一時の気の迷いだとボクは思っていた。
それからしばらくしてボクと彼女はリッチ卒業試験に臨んだ。
ボクはわくわくしすぎて顔が赤らみ、先生に睨まれ周りの失笑をかったが、彼女は白い顔をさらに青白くさせ、さすが優等生だと感心されていた。
試験会場の部屋へは二名ずつ呼ばれた。
ボクは彼女と二人でその部屋に入った。
部屋にはリッチ族唯一のアルケミストが座っていた。
ボクは興奮して顔が赤らまないようにどう努力したらいいのだろうかと舞い上がった頭で考えた。
「私の前へ」
しわがれた声が朗々と響き、僕は慌てた。
右手、右足が一緒に動いたらどうしようなどと考えていたら、彼女がさっさと前に進み出た。
アルケミストが彼女に向かって満足そうに頷くと、一本のポーションを差し出した。
彼女はそのポーションを手に取った。
「そのポーションを飲めば……」
アルケミストがゆっくりと話し始めた。
「皮膚はみるみるうちに硬く萎みより強固になるだろう。さらに毛は抜け全ての生気が体内に封じ込められ魔力は増大する……」
聞いているだけでボクの胸は高鳴った。
勉強なんてしなくてもこんなボクでもポーションさえ飲めば立派にリッチになれそうな気がしてきた。
「さらに……再生能力が増し朽ち果てることなく生き続けることが可能となるだろう」
そんなすごい薬を落ちこぼれのボクも飲むことが出来るなんて。
ボクは早く次の順番が来ないかと彼女の後ろからちらりと覗き込んだ。
ボクは驚愕した。
彼女は泣いている。
「ど、どうしたの……早く飲まなきゃ……」
ボクは試験中だというのにおろおろと彼女にポーションを飲ませようと手を出した。
その途端、彼女はリッチ族の宝ともいえるそのポーションを投げ出したのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
ボクは腰を抜かして床に座り込んだが、アルケミストは冷静にそんな彼女の姿を見つめていた。
「私は今のままがいい。しわしわの年寄りじみた姿になんてなりたくないっ魔力なんて必要ないわぁぁぁぁ」
アルケミストの指先から赤い呪文の光が飛び出した気がした。
一瞬で彼女は床に倒れ、意識を失った。
「不合格」
アルケミストが静かに告げると左右の扉からリッチたちが出てきて彼女を連れ去ってしまった。
ボクは彼女が投げ出したポーションを大事に掴んでいることに気がついた。
「飲むがいい。リッチ族の哄笑で外界を震え上がらせてくるといい」
アルケミストの言葉にボクはリッチ族としての誇りが漲るのを感じた。
ボクは一気にポーションを飲み干した。
******
ボクが配属となった墓には一つの墓標があった。
彼女が埋まっている場所だ。
彼女がなぜリッチとなることを拒んだのかボクには理解できないが、あれから長い月日が経った。
長老が言うにはそろそろだというのでボクは毎日ここで待っている。
そしてとうとうその日はやってきた。
墓の上にもった土がゆっくりと窪みに沈むように崩れ落ち、ぽっかりとしたくらい穴が開いたかと思うと、彼女はゆっくりと細い骨を折り曲げて這い上がってきた。
ボクは彼女にまた会えてうれしかった。
彼女はボクを見て一瞬ひるんだように見えたが、真っ暗に窪んだ目はすぐに何かを探し始めた。
そして彼女は水溜りを見つけるとそこに顔をそっと近づけた。
そこには肉も髪も朽ち落ち、美しい白い骨だけで構成されたスケルトンの姿があった。
「私の髪がっ顔がっアタシの美しい体がーっ」
彼女の空っぽの口からそんな言葉が飛び出した気がしたが、実際に聞こえたのはスケルトン特有の骨の鳴る音だった。
「カタカタカタカタカタ」
彼女の取り乱しようはせっかくの骨が飛び散ってしまうのではないかと思われるほどひどかった。
ボクはなんとか彼女を慰めようとおろおろと声を出した。
「ワッハッハッハッハッ」
慌てて口を手で押さえたが、振り向いた彼女の全身からは怒りのオーラが漲り、気まずい空気の中、僕は僕の初恋が終わったことを悟ったのだった……。
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