「さぁ、選び給へ! 娘と結婚するか、このまま永遠にその体で生きていくか」
痛くなる頭を手で押さえながら、俺は思考を巡らす。取り合えず、言いたい事は色々あるが……まず、何でそんな舞台役者みたいに大げさな言い回ししか出来ないのか。っていうか、いきなり究極の二択を迫られてるんですけど、どっちも嫌だって言ってるだろ。
「なぜだ! こんな気立ての良い素晴らしい嫁、どこ探してもそう見つかるもんじゃない」
それは解った。さっきからもうウンザリする程聞かされたよ、何十時間という拷問に近いぐらいな。つかなオッサン、俺はノーマルなわけよ。変な性癖なんて持ち合わせてない至って普通の人間、言ってる意味解るよな。つまり、だ。
スケルトンとなんて結婚出来るわけねぇだろ!
「酷いッ、あんまりだコツわ」
さっきまで黙っていた娘のスケルトン(というか、コイツ喋れたのか)がメソメソとその場に崩れ落ちる。なんというか、泣く真似とか要らないからお前、スケルトンだろ。涙なんて出るわけがねぇだろが。
安っぽい悲劇の光景を眺めつつ、俺は何故こうなったのかを考える。
オッサン──名前をイブラス・チェッカーノというらしいが、こいつが差し出してきた『酒』を、何の疑いもせずに飲んだのがそもそもの始まりだった。変な味がするな、と思った段階にはもうアウト。『呪いの酒(ブラッド・オース)』という酒は、飲んだ者を強制的にブラッド・オースに掛かった状態にするっていう代物だった。
厄介なのは、その効能。死霊術と異なり、対峙した敵全員から掛けられた状態になるって事だ。敵は俺を攻撃しても何とも無いが、俺が敵を攻撃すると、その痛みを俺も受けちまうってんだから、戦場に立った日には、即お陀仏だな。
「だから私の娘、リューネと結婚してくれるならば解除してやると言っているだろう。何故首を縦に振らない」
そんなんで振れるわきゃねぇだろ。どんだけ安っぽい男なんだよ、100gpセール並のご奉仕品か俺は。
「もうやめてコツ! お父さん……私、諦めるコツから」
「馬鹿を言うな。もうすぐこの人もお前の良さに気づく、否気づかせてみせる。あと少しでお前の"夢"が叶うんだ、諦めるんじゃない」
およよ、という感じでへたれ込みながら叫ぶガイコツ(リューネ)に、イブラスが手を差し伸べる。もう、勝手に二人でやってろよ。俺を巻き込むなよ、とウンザリしながらも、台詞の一つに少しだけ俺は引っ掛かる。────"夢"?
「ああ、リューネの未来の夫になる男だ、話さねばなるまい。あれは、半年前の事だった」
夫にはならないって言ってるだろ。
俺の悲痛なまでの心の叫びは、さも当然の如く無視されてイブラスは強引に話しを進める。
「リューネは、とあるアルケミストの助手として働いていたんだ。その研究所で事故が起きて、そのアルケミストと助手のリューネは死んでしまった。まさに悲劇だ! 娘は、嫁入り前だと言うのに、結婚するのが夢だと言っていたのに、それが一瞬にして無に帰したんだ」
顔を真っ赤にし、額に血管を浮き上がらせながら熱弁するイブラス。そろそろあの血管、破裂するんじゃないだろうか。
「だが、私は諦めなかった。メイジ、アルケミスト、都市伝説、娘を蘇生するためにあらゆる手段を行使した。しかし、現実は私の苦労を嘲笑うかのように、無慈悲だったのだよ。あれも無駄、これも無駄。ムダムダムダムダ」
頭を掻き毟りながら、狂ったように喚き出すイブラス。というか、あー……今俺を娘の婿にさせようとしている苦労も、無駄に終ると思うから諦めてくれないかな。
だが、俺の苦悩など知った事では無いという具合に、イブラスは更にオーバーすぎるぐらいのアクションを取りながら話しを続ける。
「絶望の淵に立たされていた私は、一つの禁忌に触れた男の話を耳にした。ネクロマンサーである彼は、ガーゴイルが持つ知識と併せて、遂に死者蘇生の術を完成させたというではないか! 私は歓喜した。そして勇んで彼の元に乗り込み、娘を蘇生してくれと頼みこんだ。彼は快く引き受けてくれ、娘の蘇生の儀式がすぐに執り行われた」
そこまでの話しを聞く限り、普通に蘇生出来たんだと思うのだが。はてさて、何故骨だけのスケルトンになったのか、少しだけ興味が湧いてきたな。
「うむ、そこだ。そのネクロマンサーは、娘の蘇生をした後に『ではぁ、報酬として彼女の肉体を頂きますねぇ。あ、心配しないで下さい。魂は定着してますから、目を覚ましたら普通に生活できますよ、スケルトンとしてね』と言って、娘の肉体を奪っていったのだ」
話しをしている最中の勢いはどこへ行ったのか、イブラスがリューネと共に意気消沈しているのを尻目に、俺はどうすればこの状態から脱出できるかを思考する。
とりあえず話しは解った。うーん、確かにリューネは可哀想だな。イブラスは自業自得としても、少しだけ付き合ってやっても良いかもしれん。まぁ、結婚は無理だとしても、デートぐらいなら良いんじゃないか?
しかし、色々と疑問が残るな。ネクロマンサーの男もそうだが、そいつが何故リューネの肉体を持っていったのか。実験か? だとして、一体何の?
答えの出ない思考の迷路へと迷い込んだ俺に、ひとしきりやって満足したのか、イブラスが答えを求めてくる。
「同情するなら、結婚してくれ」
このオッサンの求める答えの正解は、どうやら一つだけのようだ。
ただただ呆れ返りながら、俺がとりあえず出した結論は、
「結婚は待ってくれないか。まだよくお互いを知らないんだし、まずはデートしてみたいんだが」
俺がそう言うと、二人の顔が(というか、一人は骨だから表情判らないんだが)パァっと明るくなる。
イブラスは感極まったのか、俺の肩をがっしりと掴み
「そうか、決心してくれたのか! いやぁ良かった。ホントに良かった」
いや、まだ結婚するなんて一言も言ってないからな。一人で突っ走って勘違いするなよ。
「解っているさ。さぁ、そうと決まれば善は急げだ。今から行ってくるかね、なんなら今晩、帰ってこなくても全然咎めたりしないぞ」
「お父さんったら、嫌だコツわ。そ、そんな……まだ、結婚するって決まった訳じゃないコツなのに」
そう言いながら盛り上がる二人の親子。
そうだな、とりあえず縛り上げてる縄を解いてくれないかな。もはや椅子と俺の下半身が同化しそうなんだ。
なんだかんだあって、結局リューネが待ち合わせデートをしてみたいという勝手な希望により、俺はブリテイン墓場前にいた。
つか、何で墓場? 普通、デートならブリテイン町長銅像前とかじゃないのか。
時折聞こえる不気味な喚き声に、少しゲンナリしながら待つ事数分。突然、モコッという音が聞こえたので、音のする方──墓場内のほうに目を向けると、何やら墓のすぐ目の前の土が盛り上がっていた。疑問に思い、暫しの間目を凝らして見ていると、そこから出てきたのはリューネだった。
「ご、ごめんなさいコツ。お待たせしちゃって」
精一杯の御洒落だろうか。ドレスを着てはいるが、さっきので無茶苦茶土まみれになった挙句、ボロボロになっている。
というか、登場の仕方が可笑しいだろ。
「時間に遅れちゃ失礼だと思って、ここで昨日の夜から寝ていたコツ。緊張でよく眠れなくて、少し寝坊しちゃったコツけど」
そう言いながら、テヘッという仕草を見せる。
うーん、ちょっと怖い。というか、いつもならこんなスケルトンが出てきたら即、フレイムストライクで燃やしてたな。
「そ、それは困るコツ」
冗談だ。ところで、どこ行くんだ? あまり考えてなかった、というより考える時間は無かったんだが。
リューネは、少し悩む仕草を見せて、
「なら、墓場をぶらつくコツ」
少しの間、俺は言葉を失った。そりゃ当たり前だ、デートで墓場をブラつくなんて人生始まって初だよ、まったく。
あー、もういいや。考えても始まらんし、とっとと行くぞ。
「じゃぁ、取り合えずあっちに行ってみるコツ」
正直、墓場なんて何処も一緒だと思うのだが……もはや思考するだけ無駄なんだろうな、ちゃっちゃと行こう。
絶好のデート日和! というぐらいの晴天なのだが、墓場ではそういうのはどうやら関係ないらしい。じめじめした空気がさっきから息苦しい。隣を歩いてるリューネは、そんな事はまったく関係ないらしい。ま、スケルトンだしな。これで息苦しいとかあったら、そっちのほうが驚きか。
大して会話もなく墓場内をブラブラとしていると、土の殻を破るようにしてゾンビが現れた。────敵か?
俺はすぐさま構えるが、リューネはまったく違う反応をとっていた。
「そ、そんなにジロジロと嘗め回すように見て……ああいう人が好みコツか!?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の思考は完全に停止していた。
ちょっと待って下さいの事ですよ、リューネさん。言うに事欠いて、ゾンビを指して『ああいう人が好み』ってあり得ないんですけど。っていうか、あのゾンビ女だったのか。
「違うコツ、か? 私ったら、早とちりしちゃって。恥ずかしいッ」
そのまま、脱兎の如くその場から走り去るリューネ。
ポツンと取り残された俺は、取り合えずゾンビにフレイムストライクを浴びせて家路へ着いた。
俺と彼女の初デートはこんな感じで幕を閉じた。
出会い方は最悪だったが、今は出会えた事に感謝している。だって、今は────。
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